2016.8.19 L列車で行こう

元岡一英(p)橋本信二(g) 
絶妙とか流石とかの形容では何か不足しているように感じた。それを補うため帰り道に少し付け加えた。“今聴き終えたのは、何時か出会いたかった演奏なのだ”と。若い時は前向きに受け入れられなかったかも知れないが、今は質素の極みにある贅沢が尊い。
1stの最初はケニー・バロンの「カリプソ」という曲で、久しぶりに聴いたついでに言うと、付き合いは長くなかったがイイ奴と邂逅したような心地よいメロディーが引き立つ演奏になっていた。2曲目は札幌の宝石こと田中朋子さんの愛奏曲「ウイッチ・クラフト」。全曲通じて言えることだが、両者のバランスが非常に良いので余計なことが気にならない。3曲目は「アイ・リメンバー・エイプリル」。このスタンダードは多くがバド・パウエルに代表される高速演奏だが、このDUOはかなりスロー・テンポで扱っており、旋律はそのままでニュアンスは新たに思い出す四月という感じだ。人生は大体がてんてこ舞い続きだが、ひと山越えてからのテンポは自主判断に任ねられるのだろう。4曲目は「ジャスト・ア・クローサー・ウイズ・ジー」、ゴスペルの曲を聴くと数名の黒人女性がバックから繰り出す高音域の伸びが頭に付き纏うが、同様の症状は他の人にもあるのだろうか?5曲目はSax奏者サム・リバースの「ベアトリアス」、大物(マイルス)との共演歴がある割にはファンに恵まれないといった身近にもいるタイプの人だ。やや切ない曲からこのDUOはタイトなスイング感を引き出していた。2ndはモンク臭溢れる「バルー・ボリバー・バルーズ」で開始。妙なタイトルのこの曲は“ブリリアント・コナーズ”に収められている。2曲目は元岡作「アズ・ア・バード」。ちなみにシンガー・ソングライター中島みゆきに「この空を飛べたら」という曲がある。彼女にとって“私と鳥はもはや一致しえない無念”であり、それへの拘りに思える。元岡の場合は“客観的に鳥を眺めている私の自由度”がモチーフになっている印象だ。3曲目はB・ストレイホンの「デイ・ドリーム」、うっとりのあまり眠ってはいけない。4曲目はC・ブラウンの「ダフード」、バップはいつもかりそめの帰巣本能をくすぐる。5曲目は「トゥー・フォー・ザ・ロード」、この哀感が最後を飾るには未練が残る。とその時、拍手の中で面白い光景が訪れた。ギターの橋本がストラップを外して楽器を仕舞いにかかる様子が窺われ、アンコール無しかと思わせる微妙な雰囲気となった。すると立ち上がっていた元岡が小声で読経のように何か歌い始めている。少し間をおいてから橋本がギターを手に戻してバッキングをし始める。やや声量が上がって「ムーン・ライト・イン・バーモント」だと分かる。元岡は心の様子をなぞりながら呟くように歌っている。ボーカルを生業としている歌唱ではないが、不思議な感動を呼ぶ。何が人を揺さぶるのかの謎は深まるばかりだ。感動を定義できず困っている。
 我々は喧噪や慌ただしさとは縁切り出来ないが、この演奏を聴いていると少しは出来そうな気になって来る。時間に囚われず、酔っ払いに絡まれず、夏の暑さにも負けぬ丈夫な体をもち、欲を言えば意匠を凝らした質素な演奏を各駅に1曲のゆったりペースで耳を傾ける贅沢を望む。今日のような予期せぬ財宝探しにはLocal列車で行こう。
(M・Flanagan)