池田篤(as)本山禎朗(p)三嶋大輝(b)伊藤宏樹(ds)
現在とは、過去と未来の境目に位置する時のことである。それは誰にも等しく与えられているが、池田の過去と現在の結束関係は、追い風と向かい風のせめぎ合いの中で強度を高めてきたという意味で胸を打つものがある。そうした思いがあるため、いつも演奏前から感動の準備が整ってしまうのである。そんな神聖な気分に突然ヒビを入れられてしまった。ファミマの入口で串ドーナッツをト音記号にかぶりつくように貪っていた大男に出くわしたのである。壊し屋の異名をとる三嶋だった。これも何かのアヤであろう。会場に着くとオールド・ファンも駆けつけていた。新旧のお客さんが混ざり合うのも中々宜しい光景である。
いよいよ開演となる。ジャズの世界では昔から著作権のトラブルを避けるため、テーマから入る正当な進行形式に依らず、アドリブから入る方法が採られてきている。最初の曲はそうした方法をもとにしていた。4月に感染して他界したリー・コニッツもその手の音源を残している。最後に原曲が顔をのぞかせたのは「All The Things you are」である。池田はこの曲を“Kontz-Lee”と称していた。どんどん進める。池田のファンタジー「Forest Myth」、森の妖精。マイルスのネフェルティティー収録W・ショーター「Fall」、広大で穏やかな情景が描かれるJ・コルトレーンの「Central Park West」、新聞記者だった池田の父に捧げた取材のスピード感溢れる「Newspaper Man」、池田に演奏家のあり方を教示した辛島さんに敬意を表する「His Way Of Life」、池田の令嬢をスケッチした「She Likes To Dance」、これはⅡ-Ⅴ-ⅠをMとmでトレーニングする教材用に作ったものでもある。再びショーター「ESP」、スタンダード「When Sunny Gets Blue」、またまたショーター「Yes or No」、A・ジャマルによる8小節のブルース「Night Mist Blues」、本レポートの標題「Autumn In New York」では淡く過ぎ行こうとする日々を見事なまでに歌い上げていた。池田による安静なる世界の極み「Flame Of Peace」、LP片面の長尺演奏で熱気が四方八方を突き抜けるJ・コルトレーン「Impressions」、2日間の最終曲はキャノンボールの夢を紡ぐ人「You’re A Weaver Of Dreams 」。サイドメンも最後まで緊張を途切らすことなくやり切っていた。始まる前の感動の準備が感動に変わっていたのである。
池田篤。やっぱりひと桁違う。素人風情が池田を最高ミュージシャンに任命するのを拒否するならば、それは論外の更に外と言わざるを得ない。マスク2枚配布事件以降、この国は不要なコストをロストしてきたが、聴いてる間は苛立ちの一切を払拭できたのだった。外に出ると、24区の秋はひっそりと終わりを告げ、次の季節を迎えようとしていた。
(M・Flanagan)