LUNA(Vo) Nate Renner(g) 柳 真也(b)
ここ数年、LUNAはバク転的活動に芸能人生を割いていたようだが、順序からいって人みな前転が基本であり優先される筈だ。そんな逆転現象のためか「Jazzやってるの、やってないの?」という疑念交じりの半苦情ーンズな問いを突きつけられていたらしく、後ろ髪を引かれる思いでこのほど意を決した”Jazz Tour In 北海道”なる看板を持ち込むに至ったそうである。かくして日々道内の犠牲心を厭わないメンバーとともに、各地を行脚した最後に LBにて千秋楽を迎えることになったのだった。大相撲でいえば千秋楽は15日目、このライブは9月の14日で千秋楽には届かない。2日分の頑張りを見せて貰おうじゃないの。この日数カウントの理屈はヘンテコだけど、それでイイのだ。さて、周知の通りベースの柳とLUNAは、古くから共演を重ねている仲だが、一方のNateとは初共演ということだ。この日は幾つか日本の曲が採り上げられており、Nateの日本力が本物であれば日本帰化の第一関門突破を認定するというウラの課題も入っていたようだ。私見では概ねNate色をキープしながら相応の出来栄えであったように思われた。話は変わるが、個人的に60を過ぎるころからVocalに接する機会がかなり増えたという実感がある。それは誰かが「60くらいになると、ルイ・アームストロングのように”What A Wonderful World”を歌うことに憧れる」と言っていた一文を目にした時期と対応している。そんなこんなで色々聴いていると、歌唱力やセンスを基準に気に入っただの入らないだのと断を下していたことに”ちょっと待て”を掛けることになっていった。それは”声の質“に重きを置いていなかったのではないかという自問である。インストものでは”この人にしてこの音色”という聴き方をして来たにも関わらず、Vocalには脇の甘さを露呈し続けていたのだ。以後、単にアクが強いとか美声であるとかを超えて”この人にしてこの歌声”というような歌い手と声との一致関係のことを気にするようになったと思う。それまで多くの人が当然視していたであろうことに、筆者は相当遅れを取っていたのである。本日のLUNAも聴くと直ぐに分かるシンガーだ。いま筆者は”声の質“は個性に欠かせぬ重大要素なのだという思いを強くしており、その軸をズラすことなく「Jazz Vocalist」LUNAの”声の質“に寄り添って聴こうとしていた。そして進み行く内に長年に渡り累積表現されたLUNAの”声の質“に更なる深みが加えられているように感じ取ることができたというのが結論らしきものである。そろそろJazzにされてしまった曲を紹介することにしよう。「Summertime」、「深淵」、「Summer Song」、「竹田の子守唄」、「Hand In Hand」、「A Case Of You」、「挽歌」、「Early Autumn」、「夕暮」、「Peshawar」、「Wind Of Fields」、「Blues In C」、「Tow For The Road」、「Destination Moon」、「Everything Must Change」。どうやら前転先祖返りは成功だったようである。
因みに「A Case Of You」はカナダの国宝ジョニ・ミッチェルの曲だ。勿論LUNAの選曲によるものだがNateは同郷の大ミュージシャンに対して余すことなく母国愛を込めた演奏をしていたように見える。そこから察するに、まだまだ帰化は難しいな。
(M・Flanagan)