As time goes by日記 4月26日 石油危機の記憶

中東情勢を一度整理しておきたい。2週間の停戦は実現したものの恒久的な合意には至らなかった。イランはホルムズ海峡を封鎖するものの通行料を支払う国は通過を許可した。日本にも働きかけがあったが抜け駆けを良しとしない武士魂によってこれを拒否した。日本には石油の盤石な備蓄があるというのが政府見解である。タンカーは2月以来1隻も入ってきていないのに具体的な数字は示されていない。米国はホルムズ海峡を逆封鎖しチキンレースの様相を呈してきた。お互いに妥結点を見いだせないままにトランプは停戦の無期限延長を発表した。停戦と言う名の戦争が長期化すると言う事である。ホルムズ海峡の封鎖は続いたままである。日本はホルムズ海峡経由の原油に90%頼っている。各国は節約を呼びかけ原油の調達に奔走している。イタリアは国内線の航空機は飛んでいない。韓国は自家用車の使用をナンバーによって制限している。高市政権は補助金を出しガソリンの使用をむしろ奨励しているようににさえ見える。70年代の石油危機の記憶が薄っすらある。トイレットペーパーを求めて国民は狂騒していた。何故トイレットぺーにこだわっていたのかは今でも良く分からない。今現在の様にナフサ不足を憂慮した記憶はない。今回の石油危機と根本的に違うのは原油の輸入量は当時ほとんど変わっていなかった事である。国際石油資本の手から中東諸国が支配権を回復する運動であったため価格が20%ほど上がった。長期金利は9%であった。当時の田中角栄内閣の動きは敏速であった。三木武夫が特使として中東に飛び原油確保に奔走した。ゴールデンウィークが始まる。自民党議員の視察と言う名の海外旅行の季節である。高市総理はそれぞれの渡航先で原油確保の根回しをするようにとの指示を出したが中東を歴訪する議員は誰もいない様である。産業界からは原材料の不足を危惧する声が上がっているが政権はひた隠しにしている。寝た子が起きるのは時間の問題である。その時どの程度の経済不況になるのかを本当に危惧して髪が抜けそうである