トランプが又とんでもないことをしでかした。イランの核開発の阻止という名目で空爆し最高指導者ハメネイ氏を殺害した。その部下も殺害されているのでベネズエラの大統領拉致の時同様念入りに計画された行動である。水面下では核開発に関しての話し合いもされていたがこの場に及んでは形作りとしか思えない。全くの国際法無視の愚行であり人類が長年培ってきた民主主義を突き崩し時代は中世に戻った感がある。トランプ関税は最高裁で違憲の判決が出された。ネタニアフと同様時代が時代なら法廷で裁かれて檻の中にいるべき人間である。そして気になる日本首脳の反応である。高市総理も小泉防衛大臣もアメリカに一定の理解を示した。相変わらずの頭の悪さである。日本とイランの関係は悪いものではなかった。NHK職員が逮捕された件でトランプに救出の相談をしたようである。外交センス0である。ホルムズ海峡が封鎖されるかは予断を許さない状況であるが短期的には石油価格は高騰しインフレをより加速させる要因になる。安倍総理が存立危機事態の説明にホルムズ海峡封鎖を持ち出していたのも思い出した。だがホルムズ海峡を封鎖して一番得をするのは石油資源を持つアメリカである。イランの石油が市場に出回らなければ高騰し漁夫の利を得る。どちらにしろ日本はとんだとばっちりを被る。空爆だけで政権を転覆できるはずはない。イランの兵力は61万、人口9000万人。地上戦と言う事になればイラク戦争やアフガニスタン侵攻の様に泥沼状態になること必至である。日本も軍事大国への道を歩みつつある。政府首脳がこの戦争に加担しない様見張らなければならない。
投稿者: yoshida
国民会議と言うまやかし
自民党は11月までは消費税減税には反対であった。ところが選挙に突入にするにあたり期限付きの減税をうたいだした。本音は見え見えである。やりたくない、逃げおおしたい・・・である。そこで国民的レベルで議論するという名目で国民会議なるものが立ち上げられた。衆議院で絶対多数を維持する自民党は国会でこの議題を議論をする事を嫌っている為である。その免罪符として国民会議で充分議論した。よって国会ではすんなり通してほしいと言う事である。そのメンバーには消費税減税を表明している共産党、参政党等は呼ばれさえいない。参加しているのは自民、維新、チーム未来など減税反対の党ばかりである。飲み会の誘いではないのだから自分のお友達ばかりに声を掛けるのはそもそも公平だはない。給付付き税額控除もその場で議論されるではあろう。元々複雑な仕組みである。税は貧乏人程堪えるものであるがそれを少し緩和する目的がある。だが気候変動で寒暖化が進むとしたらその対策をハゲが帽子被ってしのぐ事に似ていて根本的解決策にはならない。そのうち廃案になる。それを野党も参加した国民会議のだした結論と逃げの道具にされる
出張lazy bird 顛末記 最終章
2日目一般の御客さんが居なくなってから宴会セッション状態に突入した。ギターリストの平田晃一や荻原亮がビートルズメドレーを弾き、楠井五月がデープパープル王様バージョンを歌う。僕にもギターが回ってきたが勿論丁重にお断りした。君子危うきには近寄らずである。この企画の話が出たのは昨年の秋ごろである。零細企業lazy birdは物価高、ホテル代の高騰の煽りを受け青色吐息であった。今の日本の様に赤字国債を連発しデフォルト寸前である。そろそろ潮時かな・・・と考える事もあった。何とか増資出来る一脈の光を見出した時この企画の話が出た。ご褒美を授けるからもう少し続けろという天の声と思った。僕は店を演者、お客さん、店の人間のコモン(共有地)と考えている。その地を豊かにできるかどうかは3者の関係性による。東京の渋谷で理想のそれが実現できたのは奇跡と言ってよい。改めて毬子店長、店のスタッフの方々、遠路駆けつけてくれたお客さん、演者の皆さんに御礼を申し上げたい。帰ってきてから体調を壊したこともあるが怖い夢を見ることが有った。楽器を持った大勢のゾンビが「今回の貸はいつ返してくれるんだ」と繰り返しながらドアを蹴るのである。今年いっぱいかけてそれらのゾンビにお返しをしようと思っている。
出張lazy bird顛末記 その3
琥珀で何人かの方に紹介された。その一人がPIT INNの社長であった。自分の店で日本最高の演奏が聴けるのに他店にも顔を出す行為に頭が下がった。。多分であるが珠也が僕が組み合わせたバンドを気にいって「lazy bird reunion」という名前で何回かPit Inndで再演してくれたからではないかと思っている。今回の上京目的は琥珀で演奏を聴く以外に故人となったミュージシャンの仏前に線香を上げる事でもあった。臼庭潤、鈴木央紹、津村和彦、井上淑彦、セシル・モンロー・・・・
臼庭はお母さまの体調が思わしくなくお邪魔できなかった。央紹は奥さんが東京の家を引き払って九州に帰られたと言う事であった。一日目飲み過ぎた事もあって東京の昼は北欧の昼かと思うくらい短かった。結局臼庭の妹さんと想い出話をするだけで終わってしまった。名前を上げたメンツが生きていたなら快くかいやいやかは分からないが出張lazy bird企画に参加してくれた事と思う。演奏を聴きながらそんなことが頭をよぎった。体調を崩していた曽我部が元気に吹いていたのを見てちょっと安心した。ピアノの大石が顔を出してくれたのには驚いた。大石はこういうセッションものは好きでないことは知っているからだ。米木も原大力もいる。期せずして5年ぶりに大石学トリオが再現されることになる。松島のバックで田中菜緒子、大石、平倉初音が順番に弾いてくれた。同じ会場にピアニストが何人もいることはフェス以外あまりない。豪華絢爛。ラーメンを味噌、塩、醤油のスープで3杯食べた感覚である。松島麺へのスープの絡み方の違いを食べ分けられる。もうおなか一杯。lazy のバイト経験者も4人駆けつけてくれた。その一人昇太が東京でいも美も見つけて差し入れしてくれた。渋谷でのいも美は格別であった。
続く

この写真が2日間のすべてを物語っている。
出張lazy bird顛末記 その2
ホテルから琥珀に向かう道すがら50年前の記憶が蘇ってきた。このセンター街の中華料理店が入っている何処かのビルの会議室で第一志望の企業の最終面接を受けに札幌から出てきたことを想い出した。
琥珀にはメンバーの入り時間より早めに入らせてもらった。素敵な店であった。スタッフの方から「二日間よろしくお願いします」と挨拶された。それはこちらの言うセリフである。ベースの三嶋が出迎えてくれた。今回の企画の橋渡しをしてくれた人物である。ミュージシャンのブッキングも丈造と二人でその労をとってくれた。公式サイトに載っているミュージシャンは20人であるが顔を出してくれたミュージシャンは他に10人はくだらない。そのミュージシャンにも全て演奏機会を作ってくれた。もう満漢全席状態である。トップバッターはお世話人二人が入っているトリオで口火が切られた。こちらがこそばゆくなる挨拶であったがもうジーンと来ているのが分かった。初日二番手は珠也、井上銘、古木佳祐のトリオである。珠也が僕とlazyとの関係を割と長めに喋って紹介してくれた。もう持ちネタになっているがドアを蹴破ったエピソードも織り込んでいた。そのサウンドは俄か組み合わせのサウンドではなかった。張り詰めた空気感が支配していた。三嶋もいつもの琥珀の雰囲気とは違います・・・と教えてくれた。この後も豪華組み合わせが続くのであるが個別のサウンドを全て記憶しているわけではない。気は張っているが振舞い酒を受けているうちに記憶が耳から駄々洩れしてしまった。ベースは三嶋が持ち込んでくれたがその楽器を米木、俊也、古木、楠井が弾く。当然サウンドが皆違う。米木が弾いている時若手ベーシスト達が話しているのが聞こえた。米木の沈み込むサウンドは日本ベース界の謎である・・・という意見であった。本業の物言いは面白い。この日特別なお客さんが来てくれることになっていた。lazyに来たことが有るお客さんなら知っている事であるがステージの正面に臼庭潤がここで録音してくれたCDのジャケット写真を飾ってある。昨年13回忌を迎えた。毎年命日に妹さんが未発表音源や動画をUPしている。臼庭が亡くなってから妹さんはライブハウスから足が遠のいたという。今回僕が上京すると言う事で臼庭の盟友珠也が琥珀に来ることを勧めてくれた。妹さんは臼庭の写真をもって琥珀を訪ねてくれた。カウンターに立てかけられた臼庭の写真を眺めながらステージの音を聴き続けた。終電で帰るには楽しい時間が短すぎると言う事で大勢始発まで残ってくれた。勿論僕も朝まで付き合う。逆に僕が残ると皆帰れないのではとそこそこの時間・・・といっても5時は過ぎていたと思う・・・に失礼した。ホテルに帰った時携帯が無いことに気づく。拙い・・・酔ってはいるが雪のない道路なら100倍速く歩ける。急いで琥珀に戻る。幸い店はまだ開いていた。スタッフと柳沼がまだいた。誰かが携帯を鳴らしてくれてどこからか兎に角携帯は出てきた。柳沼に始発待ちか…と聞くと財布がなくて帰られないという。そういえば携帯を探す時見慣れないものがポケットから出てきた。柳沼の財布であった。胸ポケットからこっそり盗み出す技術は持ち合わせていないのでテーブルにあった財布を自分のものと思ってしまったのだと思う。多分。次の日「本当にお前の財布か証明しろ」と絡んだと聞かされた。24条ではないので飲み過ぎは良くない。窃盗犯にならなくて本当に良かったと思う。柳沼の良識に感謝したい。

財布泥棒と被害者
出張lazy bird顛末記 その1
渋谷の琥珀に行ったのがもう3週間ほど前の事になる。帰ってきてからすぐその様子を書き記そうと思ったがインフルにかかり1週間ほど寝込んでしまった。渋谷に行くのも飛行機に乗るのも20年振りであるが病院に行くのも20年振りである。今回東京にいくにあたりいくつか心配事が有った。飛行機の搭乗手続きが自動になっているらしい。皆スマホをかざしてピュッと小粋に搭乗手続きを済ます。
こちとらそんな高度な技は身に着けていない。便名やら予約番号やら確認番号やらをメモ用紙に書き胸ポケットに入れる。紛失した時の事も考えて手帳にも書き写す。足が弱ってきていることもあるが持病であるおなかゴロゴロ状態になっても途中下車できる様時間には相当余裕持たせて自宅を出発した。札幌でもインバウンドの話はよく聞くが24条で生活していると時々見かける観光客しか接点はない。札幌駅に行って驚いた。切符売り場にインバウンド専用コーナーがーが有りずらりと人が並んでいる。嫌な予感がした。案の定空港行きJRは満員で立錐の余地もない。天候は悪くはないのだが飛行機も2時間以上遅れる。自力でホテルまでは行こうと思っていたが暗くなると自信がない。毬子店長に迎えに来てもらった。待ち合わせ場所は田舎者でも分かるハチ公前である。僕は毬子さんを識別出来る自信がないのでリックを背負って正ちゃん帽を被っているジャン・レノ風の日本人が僕であることを告げて探してもらうことにした。ハチ公前は観光スポットらしく外国人が写真やら動画をとっている。犬の前にいる僕を邪魔者扱いし追い払おうとする。僕は外国人にも分かるように「vow vow」と英語で吠え場所を譲ってあげた。毬子さんと丈造が迎えに来てくれた。店の場所を教えてもらいセンター街を歩くこと15分。そこを抜けると急に閑静な住宅街になる。NHKの向いにホテルはあった。とっていただいたホテルなので名前を覚えていないがこじんまりとしているが応対から全てが行き届いている。そんな記憶の断片の総体が今回の東京訪問の想い出になっている。この段階でまだ琥珀には到着していない。続く
内閣参与の知恵袋
僕が内閣参与であれば高市総理に次の様に進言するであろう。
総理選挙大勝利おめでてとうございます。ですが議席獲得数程得票数は離れていません。SNSを駆使した我々の戦い方の勝利ともいえますが公職選挙法ギリギリの戦略を揶揄する独立メディアの言動もちらほら聞こえてきます。ぼろが出る前に本丸に切り込んだ方が得策と考えますがいかがでしょうか。スパイ防止法案、原潜所有の議論も出来る環境ですが、経済政策のぼろが徐々に出てきます。そうですよね。一時金をばら撒いても焼け石に水です。インフレ抑制策は全くとっていないのですから。流石に国民も怒りだします。その前に憲法改正やってしまいましょう。中道をはじめとする野党は議論する体力さえ残っていません。市民運動も先の選挙の大敗で沈静化しています。国政選挙は2年半後までありませんが一気にやってしまうのが得策と考えます。国会召集の日の冒頭解散と同じ手口です。憲法改正の発議やってしまいましょう。参院で国民民主と維新に連立の打診しているのは参院での発議を可能にする画策ですよね。衆議院で絶対多数の議席を獲得しているのに両党に秋波を送っているのはそのためですよね。物事の白黒はっきりさせる総理に共感し中国に反感を持つ国民は3割はいると考えます。今が最高の機会と考えます。
18日国会が召集される。上記の様な悪夢が実現しない様祈る毎日である。日本は思っている以上に崖っぷちに追い込まれていると思っている。
As time goes by日記 2月13日 豚と肉屋
自分は古い人間であることは重々承知の上で言うのであるが何故出鱈目な切り抜き動画やゴロの良いキャッチコピーに惑わされるのかが分からない。自民党と言おうか高市党が地滑り的な勝利を勝ち取った。にわかに信じがたい。中道が人気ないのは選挙前から知ってはいるがそれにしてでもある。高市総理の失言、明らかな事実誤認、経済知識のなさ、外交センスの欠如。・・・ある程度の知的レベルが有れば見破れる内容であると信じていた。再生回数数億回ともいわれる高市総理の切り抜き動画・・・「高市さん、頑張ってはる・・・」兵庫の斎藤知事現象が全国にまん延している。投票前日には全世帯に電通考案の高市キャッチコピーが届けられる。政策など虹の彼方に飛んで行ってしまい、すり込まれた印象だけが残ってしまう。それを選挙上手と言うのは簡単である。勝てばすべて官軍なのか。ここで個別の政策については言及しないが一点だけ記しておきたい。責任ある財政政策に転換するとあった。大嘘である。安倍内閣、黒田日銀体制から継続政策でばら撒きインフレ政策である。これでは絶対に物価は下がらないし国内に成長産業も芽生えない。アメリカに80兆も投資しおまけに武器を買う事に血税を消費する。我々は食べられるだけの豚なのか・・・。豚が肉屋を支持してどうするのだ。インフルで体調が思わしくないこともあるのだが時々人嫌いになることが有る。インフルはタミフルで治るがインフレは我々が賢い選択をしなければ皆でアリ地獄に落ちてしまう。
As time goes by 日記 2月9日 天国と地獄
琥珀の出張lazy bird企画は自分の人生にとって最大級のプレゼントであった。素晴らしいミュージシャンが延べ30人ほど駆けつけてくれた。お客さんも北海道から来てくれた方、僕が主催していたワークショップjazz幼稚園のメンバー、北大jazz研のOBOGの面々、東京からlazyに時々聴きに来てくれる御客さん、・・・・懐かしい顔ぶれでまるでlazy で演奏を聴いているかのように錯覚してしまう瞬間があった。2日間始発電車が動くまで飲み続けた。帰路につく日はほとんど寝ないで羽田に向かった。足が弱っているので時間には余裕を持たせてある。北海道は大雪らしく飛行機は大幅に遅れJRも間引き運転で運行され最悪乗れない可能性も出てきた。最悪空港で泊まる覚悟で飛行機に乗ったが幸いJRには乗ることがはできた。積み残しの乗客が空港にあふれていた。東京のホテルを出てから12時間かかってlazy にたどり着いた。翌日軽い咳が出る。いつものように早めのパブロンと気合で直そうと努めた。3日後高熱が出てきた。流石にまずいと考え30年振りに病院に行った。インフルエンザにかかっていた。ライブのない日は店を休み、ライブのある日は体が思うように動かないのでバイトの石川に手伝ってもらって何とかこなしてきた。熱は下がり咳もおさまってきたのだが日曜の選挙速報を聞いた時また熱が出てきた。
2026.1.23-24 BCG REPUB

ハクエイ・キム(p)杉本智一(b)本田珠也(ds)
結成4年にして初作、これはBCG待望の「TIME IS OUR SIDE」リリース記念ライブである。ほぼアルバム収録曲を中心に進めるとアナウンスされ、シメタと思った。昨年来、繰り返し聴いていたので、アルバムと初日そして二日目と三通りを追っていけることになった。その甲斐あってかBCGによる三種混合を大いに楽しめたのである。このライブをアルバム・タイトルになぞらえれば、「時は我に味方せり」ということになる。アルバムの楽曲はハクエイの手によるもので、一曲だけ杉本が提供している。二日目にファン・サービスでスタンダードが混ざることを恐れていたが、そうならなくて良かった。これによって同一曲の似て非なるものを存分に堪能出来た。このバンドは我々が漠然とイメージするピアノ・トリオとは随分異なっている。インタープレイの様相から、ブレーク・スルーしたくて堪らないジャズ・トリオって感じがする。全般的にバンドの体幹たるベースがアルバムより割り増し強化されていて、杉本は中央の位置を譲らないというふうであった。CDにはライナーが付されてないので、演奏曲の断片を申し上げる。まず「Ladders」、そんじょそこらの揺さぶりには動じない強度のある演奏で、外されてしまうような卑怯さは一切なしだ。全てが荒ぶるといったものではなく、バラードの「Your Sky」は淀みを受け付けない心情を基調としているが、後半テンポ・アップする流れは筆者のお気に入りだ。続けてスロー系を紹介すると、杉本が少年時代に出会った隠れキリシタンにまつわる図書の思い出を捉え返した厳粛でストーリー性のある「Rosario」、ハクエイの亡き父に捧げた「Yuse」などは固い岩をも怯ませるかのようなもので強く魅れかれる。このバンドの演奏は豪放なものと静謐なものとを絶妙に調和させているが、それを1曲に纏めたのが「The Calm Before The Storm」だ。”嵐の前の静けさ”が映像を伴なって伝わってくる力演だ。そしてアルバムとライブ共通してホール・ロッタ・ラブなのは、ライブのハイライトをなす「Construction Site(工事現場)」だ。これは珠也にしかできないプレイを想定して作ったのだと紹介された。三者の激突は解体工程が発する騒々しさを伴なう様子を重層的に描いていく。それに区切りがつくとドンピシャで建造への結束行程に突き進む、それが第一の聴きどころだ。特に二日目では、いよいよクライマックスに至ったところで、「あれっ、終わったの?」、場内は8拍分ほどのサイレンス、と次の瞬間に弾丸ライナーの爆動ドラムが始動し、一気に場内の喝采を引き出して見せたところが第二の聴きどころだ。この二段構えの展開により晴れて竣工完了となった。この曲この演奏は、ハクエイのプログレ感覚が際立ったものになっていると言ってよく、会心の遊泳体験が現実のものとなったのである。なおアルバム収録外から最近の作品「Echoes Of Conversation」が封切りされた。改めてハクエイの旋律はどこの誰にも属していないと感ずる。両日を通じた実感を投げやり気味に言わせてもらう。ライブはB気合いだ!C気合いだ!G気合いだ! BCGとは何の略なのか知らなかったので尋ねてみた。本=Book 杉=Cedar キム=Goldなのだそうである。1月後半ではあったがギュっと締まった密度の濃い演奏は、年始の目覚めとなった。完全燃焼できたわい。
真冬の天候は甚だ不安定だ。ライブの翌日は大荒れになりそうな予報が出ていた。一難を逃れる思いを込めて、マイナーで終わるところ急遽メジャーに切り替えた曲があった。もちろん”嵐の前の静けさ”である。その願い空しく現実は、どマイナーに帰してしまった。これに懲りずレイジーへの次なる「出張 BCG」に期待している。最後にこの「TIME IS OUR SIDE」は躊躇なくお薦めできるアルバムなので、是非とも手にして頂きたい。万一意にそぐわない場合は、あのドアを無断で蹴っ飛ばすことを許可する×××。(M・Flanagan)
衆院解散の意義
高市総理衆院解散の記者会見を見た。全くの茶番the茶番である。解散の大義を総理が高市早苗で良いのかと問いたいと言う事であった。日本は議院内閣制である。憲法にも抵触する発言である。国会は開かれず冒頭解散である。物価対策だどはなからやるつもりはない。責任ある積極財政・・・政策を転換させた印象をあたえるが中身は赤字国債連発のインフレ政策である。税収は自動的に増え負債は相対的に目減りする代わりに庶民の暮らしはますますきつくなる。ここで大きな政治的な動きが有った。立民と公明が新組織を立ち上げた。中道改革連合である。綱領は玉虫色ではあるがあのいつも寝ている立民が目を覚ました事を評価しておきたい。選挙結果によっては政界再編が起こりえる状況となった。財源を示したうえでの消費税軽減は庶民には嬉しい。それに呼応するかのように高市総理も消費税減税の議論を加速させるとの発言をした。勿論財源など示してはいない。霞が関文学では「やらない」と言う事である。選挙で後れをとってはならないとの対策である。今までひどい総理は何人も居た。だが高市総理だけは勘弁してもらいたい。プライドが高い。義理人情に薄い。外交センスは全くない。中道改革連合が比較第一党になったとしても荊の道である事には変わりない。だが一脈の光を見出せばそれに耐えうる忍耐力を我々は持っている。外はこの冬最大の寒波が訪れて吹雪いている。僕は吹雪の南極大陸に立ち尽くす皇帝ペンギンを想い出すのである。
衆院解散の裏読み
読売新聞に衆院解散検討の記事が出た後大手メディアの後追い記事は出なかった。毎日が申し訳程度に掲載するだけであったが朝日が後追い記事を掲載した。事は俄かに信憑性を帯びてきた。自民党幹部、鈴木幹事長、萩生田幹事長代行、麻生副総理等は俺聞いていないよ・・・と怒りを露わにしているが腹芸が達者な政治家であるので本心は分からない。読売は誤報と言えば龍角散と言われるくらい2度の誤報を発信し流石に今回は裏付けが有ると考える。高市総理自身か官邸幹部のリークである。ネットで発表されたのが9日夜、その後3連休に入る。観測気球を上げ反応を見るのにはもってこいの日程であると考えた人間がいる。今井尚哉内閣官房参与であるらしい。安倍内閣では補佐官を務め安倍内閣の政策を継承する象徴として高市総理に請われて官邸幹部に名を連ねている。読みはあたったようだ。選挙が有れば現場の作業日程もギリギリである。総務省が全国の選管に準備をするよう通達を流した。各党代表も反応を示した。吉村維新代表は冷静を装い連立与党として準備を進めると発言した。一応閣外協力の形を取っているにも関わらず解散の話は全く聞かされていない。最早使い捨てカイロ状態である。待てば海路の日和あり状態は起きえない。国民民主の玉木代表は怒っている。178万の年収の壁を破ることの同意で予算案に賛成表明し連立への意欲を示していたが予算審議にも入れない状態になる。公明党と立民は全国で共闘方法を模索している。ここまで事が大きくなれば高市総理も解散を断行せざるを得ないであろう。頼みは自身の支持率の高さである。立民があまりにも力がないので自民は今よりは議席を増やすことは確実である。だが微増で党内の勢力地図が変わるかは疑問である。何よりこんな理不尽な解散をされて国民はもっと怒らなければならない。高市総理の首が繋がろうがすげ替わろうがわれわれには物価高の現実が待っている。
衆院解散の可能性
1月10日の読売新聞一面は「衆院1月解散を検討」であった。その後毎日新聞がかなり薄めた形での後追い記事を出しているが他の大手メディアは追随する様子はない。この手の記事が出ると想い出すことが有る。読売新聞2025年7月23日の石破総理退陣の大誤報である。この時は明らかにメディアの役割を逸脱した世論の扇動であった。今回は解散検討とある。検討は高市総理が政権に就いた時から常時行われている行為であって珍しがることではない。本当に解散するかどうかは競馬の予想より難しく素人が的中させる術はない。だがこの時期にする際の意義と影響は述べることができる。松の内が明ける前世論調査会社から電話が有った。今回の事と関係が有るのかもしれない。理由は良く分からないが高市内閣の支持率は恐ろしく高い。この支持率の高さをバネに衆院を冒頭解散すれば国会で裏金問題、韓鶴子逮捕による統一教会と自民党の新たな癒着問題を突かれなくて済む。公明党抜きで絶対安定多数の議席を獲得することも出来るかもしれない。そうなると今までの疑惑などすっ飛ぶ。だが予算審議の時間はほとんどない。責任ある積極財政の個別方針は全く筋違いとは思っているが予算が通らなければ施策ができない。高市総理は3月には日米首脳会談の為米国に行く。お土産は何か・・・。いも美でも兜でもないはずだ。意味のないミサイルを買わされ軍事費の増額を約束させられる。その論議が国会で全くされないことになる。マーケットはすぐさま反応し1ドル158円まで下がった。インフレはまだまだ続くと言う事である。衆院解散の大義は何か・・・。もっともらし看板は掲げられるだろう。だがその裏は自身の権力誇示と自民党勢力を伸ばせることができるかどうかだけのパワーゲームと化している。
As time goes by日記 26年1月7日 雑煮
一人で迎える正月であるが気持ちは日本人であるのでなますとうま煮を作り三が日はこれでもかというくらい雑煮を食べた。半世紀以上母親の味付けと具材になれているので自然とそういった味付けになる。3日は母親の誕生日でもあった。いつも正月と誕生日を一緒に祝われ損した・・・と亡くなるまで言っていたことを思い出す。今年は正月に帰省しない学生もいることを知り正月に学生ライブをやり雑煮を振舞った。味噌味の地方もあるので評価が心配であったが皆美味しいと食べてくれた。若者と正月を迎えるのも楽しいものである。ひととき世界で起きている暗い事件を忘れることができる。だが現実は直視しなければならない。ベネズエラの作戦成功に味をしめたトランプがもうグリーンランドに言及している。非難の声さえ上げられない日本を見透かすかのように6日中国は軍民両用品目の輸出規制を発表した。ここにはレアアースも含まれる。同じ日習近平は韓国大統領李在明と笑顔で面会しレアアースの供給を約束している。日韓のトップの外交センスの差が出てしまった。中国の経済制裁は真綿で首を絞めるように効いてくるはずである。自動車産業、半導体産業などBクラスの野球チーム日本ではあるがクリーンアップの打率にすぐ影響してくる。経済は循環である。日本経済にとってはベンチウォマーでしかないjazz barにもその余波は必ず訪れる。中国が好きか嫌いかの問題ではない。隣人とは折り合いつけて付き合わなければならない。右派の人気取りの為安倍総理の写真を掲げて伊勢神宮に参拝してる場合ではないのだ。一言の失言が国民の命運を左右する。はっきり言うが一国の総理を任す器ではない。即辞任してほしい。政治学者白井聡が年末番組で2026年の政治経済状況はもっと劣悪なものになるはずである。・・・正月には上手いものを食べておく事を勧めると発言していた。僕らの世代にとっての上手いものとは普段食べている普通の食べ物をさす。今年は上手い雑煮を食べておいてよかったと思わなくてよい一年であってほしい。
雑煮を食べると高校時代読んだJ.Dサリンジャーの小説「フラニーと雑煮」を思い出してしまう。
カリブの海賊は誰か
カリブ海にはアメリカの艦船が頻繁に航行し空には戦闘機がこれ見よがしに航空ショーを繰り広げていた。
正月から餅がのどに詰まりそうな事件が起きた。アメリカがベネズエラに軍事介入しマドゥロ大統領夫妻を拘束しアメリカに連れ帰ってしまった。名目は麻薬取締であるが狙いは世界一の埋蔵量と言われる石油利権である。その裏には中国への警告が有る。中国はベネズエラの石油資本に投資している。だがベネズエラ経済は破綻しており効率的に運営はされていない。マドウロ独裁政権が中国と親密になる前に叩いておこうと言う魂胆であった。マドウロ大統領は不正選挙で当選したと言われる相当な人物である。・・・からと言って主権国家に土足で入り込み大統領を拘束するなど国際法上許される行為ではない。米国では軍隊を動かすのには議会の承認がいる。トランプはそれも無視している。というかそういう法規制が有ることを知らないのではないか。兎に角無茶苦茶である。ベネズエラは人口3000万弱の国家であるがその1/4は国外に避難している独裁国家であった。マドウロ大統領の拘束を喜ぶ風潮も国内には有るのが現実である。昨年のノーベル平和賞受賞者であるマリア・コリーナ・マチャドがトランプを賞賛しているのは痛し痒しである。トランプが二期目就任の時グリーンランドをよこせ・・・とかパナマ運河の利権をよこせと言っていたのはとち狂っていたのではなく本心であった事が今回の事件で分かった。トランプは最近G2という用語を多用している。東半球は中国にやる。その代わり西半球はアメリカのものだ・・・という宣言である。今回の事件もその方針に従ったものである。中国もロシアも表向きは今回の事を批判しているが裏では舌をペロッとだしている。ウクライナ問題も台湾問題にも口をはさむことは出来なくなる。日本政府と高市総理の反応はどうであったか・・・。批判的な表現は一切なく当たり障りのないラウンジミュージックの様な表現に終始している。付いて行きます・・どこまでも私はあなたの下駄の雪・・・と言う事である。アメリカは日本を守る気などさらさらない。もう安全保障環境を考え直す時期に来ていると考える。
2026年新年のご挨拶
明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。昨年は自分のやり方では店はもたない言う事が改めて突きつけられた年でもありました。何とかカンパでしのぎました。知人の方の援助もありましたが「頑張ってください」さん他御礼の返信もできない方の援助もありました。この場を借りて改めて御礼を申し上げます。春先に会社で言う所謂増資によって暫くは存続可能かと思いますが根本的問題が解決したわけではありません。慢性的インフレによって原材料の高騰、光熱費など固定経費の高騰・・・だが簡単には値上げを出来る経済環境には無いような気がします。先日いつも使っているホテルから連絡が有りました。週末は年間契約割引は適用されずインバウンドなどの需要によって宿泊料金は変動するとの事です。昨年からなのですが一番高い時期は4倍、通常でも2倍から3倍になっています。lazy,groovyをやる前からjazzのライブは主催していましたがそれで一儲けしようと考えたことはありませんでした。普段の営業で補填出来る状況にない為特別企画は回数減らし開催期間を縮める以外に有効な手段が思い浮かびません。今月末渋谷のライブハウス琥珀で出張lazy birdという企画をやってくれます。僕も呼ばれています。lazy馴染みのミュージシャンが2日に渡って20人ほど出演してくれます。僕にとっては大勲位菊花賞を授与されたに等しいと考えています。支えてくれたお客さんとここに参集してくれたミュージシャンに恩返しをしたく今年一年頑張る所存です。
For the 28th
「For the 28th」は白瀬晴花のオリジナルのタイトルである。白瀬晴花って誰・・・・。ごもっともな疑問。白瀬晴花は鈴木央紹の生徒で亡くなるまでレッスンを受けていた。彼女は日高町の出身でlazyにはお母さんに連れられて子供のころから来ていた。彼女は央紹と同じ大学を卒業し今年の春から大阪でプロとして活動している。年二度ほど帰省するようなのでその都度札幌に寄ってもらっている。今年も声をかけたら12月28日を含む日程になった。12月28日は鈴木央紹の1周忌にあたる。何もなければ央紹フアンに声を掛けlazyでの音源を掛けながら故人を偲ぼうかとも考えていた。リーダーの学生に央紹ゆかりの曲を1,2曲選曲してもらい重苦しくない追悼ライブにしてもらうようお願いした。1曲はI’ll be seeing youが選ばれた。聴いたような気もするが記憶が定かではない。何しろ央紹のレパートリーは1000曲以上あるからである。上記の曲はあまり曲作りが得意ではない白瀬が悪戦苦闘している時メロディーが降りてきたという。その日が央紹の月命日にあたる2月28にだったという。多分見かねた央紹が力を貸してくれたのだと思う。白瀬のテーマの歌い方がちょっと央紹を彷彿させた。追悼ライブの経緯を央紹の奥さんにも報告した。丁寧な謝辞の返信が来た。その中に「晴花ちゃんの音、鈴木に似てるなあと思う時が有ります」とあった。僕と同じ感想である。
いなくなって改めて央紹の存在の大きさを認識している。改めて合掌。
2025年を振り返る
2025年は歴史的に語られる時が来たらある変節点であったとされるだろう。日本でも健全な資本主義は崩壊し利益誘導型の縁故資本主義に変節し新しい産業は育たず過去の遺物である重厚長大産業にシャブを打ち続ける。ジェット機をまともに造れなかった会社が軍需産業としてゾンビの様に息を吹き返す。軍事費は毎年積み増しされそれに反比例するかのように高額医療費は自己負担になり生活保護費も減額される。憲法違反との判決が出ても是正されない。大学への補助金も毎年1%ずつ減らられいる。今年はそれがたまたま止まっただけで財務大臣が鼻高々になる。排外主義が横行しそれを党是とする政党が急速に勢力を伸ばす。外国人や弱者を叩く言説がSNSで横行しその切り取り動画が再生数を稼ぎ金に結び付く。政権与党もそれに媚びるように右傾化していく。そして元々能力の低い政治家が無頓着に発言し中国との外交問題をひき起こす。日本人は忘れやすい民族なのか。自民党を追い込んだはずの裏金問題、統一教会問題は忘れ去られ議員定数削減という全く別の問題にすり替えられ国民の目を誤魔化している。福島の原子力非常事態宣言はまだ継続中であるにもかかわらず新潟県柏崎刈羽原発の再稼働が決まった。その陰でこっそり北海道泊村の再稼働にも鈴木知事が認可した。それにお灸を据えるかのように翌日北海道では地震が起きた。10年続いたアホノミクスの後遺症で日銀の金融政策が機能しなくなっている。物価高で相変わらずの円安である。中国人観光客は減ったとはいえ相変わらずのオーバーツーリズムである。日本には素晴らしい観光資源は有る。だがこの観光ブームは安倍政権時代、成長産業が見込まれない事への目くらまし政策である。ホテル代は高騰し全国を行脚する旅芸人ミュージシャンには大打撃を与えている。その反面1杯3000円のラーメンを召しあがる外国人旅行者の為の御慰め音楽を提供する演奏家にはいい市場が出来たと言ってよい。だがこれは悪魔に魂を売り渡すファウストを連想させるのである。日本は確実に劣化している。質の悪い政治、それを直視しないマスコミ、それを許す国民。その相似形が音楽状況であってはならない。
金融政策とエルム街の悪夢
一応経済学科を卒業し会社員を辞める時の肩書は経理財務本部課長であった。こう言うと切れ者のビジネスマンを想像するかもしれないが全くのバッタものであったことを今では自覚している。1兆2000億の負債を抱えて会社更生法の適用を受ける準備をしていた頃の記憶と今の日本の財政状況が重なって見えることが有る。会社が危ないことは一般社員には知らされていない。給与があがらなくなり、社内では節電に勤めようとか無駄なコピーはやめようとか「欲しがりません、勝つまでは」という風潮が作られる。財務的には長期借り入れを返済するために新しい借り入れをする自転車操業状態が常態化する。そして最終手段、債権放棄を銀行にお願いに行く。「はい良いですよ」という銀行などありはしない。
今の日本国債残高が1100兆円その半分日銀が引き受けている。つい最近長期金利0.25引き上げられた。通常利上げされると為替は円高に振れる。だがその発表をあざ笑うかのように為替は円安に振れた。マーケットに見透かされているのである。高市内閣財政政策はアベノミクスの継承である。「責任ある積極財政」なる標語に騙されてはいけない。財源が教育、医療、社会保険の減額であったり赤字国債、或いは国会の審議の要らない基金の摂理であったりする。経済政策もお米券に象徴される一時しのぎでインフレを解消する為の施策が全くない。スーパーの棚から又卵とオレンジジュースの姿が時々見られなくなりポテトチップの袋は金さん銀さんの様にどんどん萎んでいく。このインフレは我々にとっては課税効果と一緒なのである。価格があがればそれに比例して消費税は増える。税収は過去最高である。そしてインフレは国の負債を相対的に軽減してくれるのである。太平洋戦争期のGDPに占める国債の割合は現在とあまり変わりがない。終戦後ハイパーインフレによって紙幣は紙くずに政府の赤字は帳消しになった。そんな悪夢が頭をよぎるのである。
As time goes by日記 12月21日
今週は個人的にも日本の将来にとっても大きな動きが有った。まずは楽しかったことから・・・。北大jazz研との忘年会が終わった。前日からの食材の買出しに始まり当日は午前中から仕込みに入る。足元がつるつるなのでいつもより時間がかかる。僕のダブルブッキングの為日程を一日ずらしてもらったため定刻から来られない学生が5.6人はいた。皆バイトのシフト等をずらして参加してくれているのである。メインイベントは豪華景品付きビンゴゲーム。ジヤズに関する問題をだし今の学生の偏差値を確かめるのである。一問目は数字の付くスタンダード曲にした。4個ほどNGワードを用意しそれを言った学生はゲームセット、罰符100円~200円である。一年生は16枡埋めるのが大変の様でNGワードの地雷を踏む確率が多い。容赦なくなけなしの小銭を巻き上げる。上の年目の学生が戦い上手で景品をかっさらっていく。最後の3人が帰ったのは5時前、10時間の宴会が終わった。その翌日と言おうか当日がまた大変。つわものどもの夢のあと、ならぬ洗い物の山である。これを全部洗いきるのに2日、流石に疲れた。バランス感覚が衰えて機敏な動作が出来なくなってきている。おまけにここ何日かの溶けたり凍ったりの道路事情で慎重に歩いていたら今度は腰に痛みが来た。40年前からの持病なので付き合い方は知っている。ボロボロだったパーカーのラバーマンセッションよりは真っ当な生活は何とかおくれてはいる。
2025 Lazy Bird Watching
年明け早々、悲報が飛び込んできた。糸が切れるがまま鈴木央紹の演奏を聴き続けていたことを思い出す。およそ15年前のレイジー初登場以降、彼の主要ライブには足を運んで来た。演奏する姿や幾つかの会話が、不規則に脳裏を巡った。昨年4月のレイジー20周年の素晴らしい演奏が最後となったが、不動の足跡が語り継がれることによって、彼が私達から立ち去ることはない。そしてこの1月は彼と共演歴のある地元演奏家のライブに何度か足を運び、鈴木央紹を偲んだ。悔しいが文脈を変えなくてはいけない。ここ数年来、レイジーではジャズに拘らない企画が恒例化している。新しいところでは、按田佳央理(fl)と亀岡三典(g)。このクラシックDUOによる淀みのない音色には洗われるものを感じたものだ。ときは2月。長沼タツル・斎藤里菜のDUOを聴いた。長沼の演奏は思っていたよりも熱かった。この日から彼を”いぶし銀のエモーション”と呼ぶことにした。次もDUOで按田佳央理・斎藤里菜(公称「かおりな」)。格調高くなおかつハート・ウォーミング。年甲斐もなく最も寒い2月は早く春を呼び寄せるために日数が減らされているのだと思ってしまう。3月になると、松原慎之介4(p布施音人、b高橋陸、ds中村海斗)、このあたりの頼もしい勢力がレイジーに根付いて来ている。どういう編成であれ、彼らはまたやって来るだろう。意表を突かれたのが三嶋大輝のベース・ソロだ。この活動は三嶋の強く望むところだったらしい。店内はガラガラだと踏んでいたが、ところがどっこいだった。気を緩めることなく格闘する三嶋の集中力は見上げたものである。売れだしてもアグラをかかぬ謙虚な姿勢は清々しい。4月、恒例の大催しは翌月送りになっていた。隙をついて田中朋子6を聴いた。これは朋子さんの集大成に位置づけられるアルバム「VEGA」のリリース記念だ。名曲群にシンクロして過去の名ライブの光景がよぎる。レイジー・ライブの歴史を語るに欠かせない人だ。そして5月、21周年記念。壺阪健登、本田珠也、池田篤、古木佳祐。ジャズの醍醐味であるスリルもあれば、しっとりとしたと深みもたっぷりだ。Golden Strikerたちによる贅肉カットのせめぎ合いにねじ伏せられた。周年記念は毎年Lazy Bird Of Paradiseとして積み上げられている。聴かぬが損々。前半最後の6月。復活、大石・米木DUO。米木さんの健在ぶりを確かめられただけで余言なし。後日エレべからウッドに持ち替えた米木さんと鹿川が対峙、ひと月前の周年記念時に鹿川は本田クリニックでジャズ魂の応急診療を受けており、その甲斐あって鹿つめらしさは何処へやら。
後半。7月はまだ肌寒い日が残るはずの札幌だが、先月来夏が始まっていた。暑気払いと行きたいところだが、そうはさせじと柳沼佑育。柳沼の厳選により平倉初音(P)と伊藤勇二(b)が抜擢された。レア・アースこと平倉の非凡なノリとヘビー級伊藤の太さに押し切られた。陰の主役柳沼は汎用性に富むプレイで聴きどころを演出、流石のスキルだ。8月は地元ミュージシャンのライブを幾つかチェック。下旬には村田千紘のレギュラー・トリオ。アルバム「In The Mood Of Chet Baker」のメンバーによるリリース記念。危なげなさとスリルの両立g平田晃一とb若井俊也に、チェットの遺伝子を継ぐ村田の端正な音色が沁みる。9月に入ると日を追って三嶋、次いで柳沼、更に池田と松島が加わっていく。誰と誰の編成か分らなくなり、おまけにディジャブも割り込んできて整理がつかない。とは言え、最終合流点の2管クインテットが、バピシュに突き進む様は圧巻であった。翌日から家でバップばかり聴いてしまった。日を置いてこの月恒例のLUNA、久々のヴォーカルだ。彼女のステージは工夫心が旺盛で、歌の王道から急に脇道に入ったりする。マカオで人気を博したというコミカルな「みそしるのうた」が面白かった。10月早々峯岸晶子さんというピアニストが和服で登場、米木、奥野、舘山という布陣でオリジナル中心に秘めてきた思いを吐露、耳慣れていない旋律が逆に新鮮な印象を残していった。次に松原えりさんのヴォーカル。毎年聴いているが、この人は余計なことを考える必用のない本格派で、歌の過行くままにニンマリして聴いていれば、それよいのだ。11月は魚返明未レギュラー・トリオ。昨年魚返は弦を2本切っていった。今年も危険な瀬戸際プレイが噴出していたが、絶えざる理知が底流にある。規律違反のデリカシー、それが魚返だ。このライブはつい先日のことなので、余熱がたっぷり残っていて耳に新しい。独断選考で今年のレイジー・アワード(また来る優先権)進呈。
時すでに12月、ここまで頭の中で順不同になっていた今年のライブのあれこれを、月日の流れに沿って大まかに振り返えってきた。素晴らしいライブを演りきったミュージシャン各位には、若手・ベテラン問わず敬意を表しておく。そして「Memories Of You」、鈴木央紹に特別の思いを込めて感謝の意を表しておきたい。
(M・Flanagan)
リーダーの素質
この時期大学のjazz研首脳部の交代の時期である。先日も北大jazz研新3役が挨拶に来てくれた。開口一番学生から今年の予想は当たったかを尋ねられた。創立時期からのjazz研ウォッチャーなので外すことはめったにない。大雑把に言えば人柄か技術かあるいはその割合で選ばれているようである。谷に子供を落とすようなライオンのようなスパルタ方式を選ぶか羊の群れの様にみんな仲良く草を食む生活を選ぶかである。リーダーの考え方によって運営方法も微妙に変っているようである。僕にとってjazz研部員は将来の良質なリスナー予備軍と考えている。そういう部員が残ってくれるような運営をしてほしいと心で手を合わせているが学生サークルなので思いが届くとは限らない。まあ学生サークルであれば許せる範囲である。だがこれが一国の総理であった場合は話しは別である。高市総理は国会答弁で台湾有事に関する質疑でそれまでの日本政府が取ってきた考えとは別の考えを開陳し中国の怒りを買った。高市総理はプライドの塊である。外務省の回答集に指示されていた具体的な例にはふれないようにとの掟を簡単に破ってしまった。その後も意見を撤回することはなかった。中国はその後海産物の実質的輸入禁止、コンサートなど文化公演の中止、日本への渡航自粛、さきの自衛隊機へのレーダー照射へと一触即発の状況を招いている。色々な政治思想はあるかとは思うが総理たるもの国民の安全を担保し飢えさせない施策を取ることは最低の条件と考える。スーパーへ行くと分かるのであるが生活必需品の価格はうなぎ上り、オレンジジュース、卵などはまた品薄状態である。高市総理は積極的財政政策というフレーズをグラントグリーンのシークエンスフレーズの様に繰り返すばかりで物価を下げるとは絶対に言わない。物価対策の特効薬は円安の是正である。だがその施策を採用しないのは日本の財政赤字をインフレによって相対的に軽減させようという下心が見え見えである。軍事費だけが増大し三菱重工の株価が馬鹿あがりするような政策はやめてもらいたい。だが絶対聞いてくれるような人物ではない。辞任に追い込むべきと考える。
As time goes by 日記12月8日 ジョンレノンと石原莞爾
1980年12月8日ジョンレノンは暗殺された。この日の事はよく覚えている。高校時代はビートルズのフアンであった。だがこの日には過去形で語るほど冷めていた。オノヨーコがアルバムに係わるようになってから殆ど聴かなくなってしまった。兎に角オノヨーコはやることなすこと生理的に受け付けないのである。その前衛的美術作品やらベッドインしての反戦運動やら全部が胡散臭く感じていた。そして友達のいないジョンがヨーコの愛に助けられたなどと聞くとおいおい・・・その程度の孤独感かいと言いたくなるのである。マザーコンプレックスが見え隠れし幼児性が見えだした時「イマジン」が嘘くさく聴こえはじめた。当初ケネディ暗殺と同様軍産複合体制の陰謀説も浮上したが犯人のマーク・チャプマンなる人物もお粗末な人間であった。ジョンはCIAにマークされていたらしいがコンサートに何万人集まろうが権力側にはなんら脅威を与える集まりではなかったのである。むしろ良いガス抜きになったのではないか。ジョン自体が音楽資本の籠の鳥である。その籠が大きすぎて本人もフアンもその存在を忘れているに過ぎない。人の死に対し冷酷な感情を持ったことでも忘れない日ではある。
真珠湾を奇襲し日米開戦の火蓋が切って落とされたとされる日でもあるとされている。これは軍のプロパガンダである。この日の大本営発表では西太平洋で英米と戦闘状態に突入したと発表された。少なくともハワイは西太平洋ではないしなぜ米英ではないのか。この日西太平洋のマレー沖でも英軍と戦闘状態になっている。だがこちらの戦いは地味で真珠湾ほどの戦果はあがっていない。翌日大々的に戦果を発表するための伏線になっている。そしてまさにこの日戦争が始まったかのような印象を持つが錯覚である。AÁBAのスタンダードが有るとすればこの次点でもうBまで曲は進んでいると言う事である。事の発端は石原莞爾が始めた満州事変である。落としどころを見失い米英との戦争にまで突入してしまった。
祝辞と記者会見、そしてjazz
ライブ中に全く関係ないことを思い出すことがある。
会社員時代よく結婚式の祝辞を頼まれることが有った。女性の多い職場であったので新婦側の立場で挨拶順は2番目が多かった。その時上司に言われたことは新郎側の挨拶より長くしゃべるな、上手すぎてもだめだ・・・という事であった。男性優位の風潮が色濃く残っている時代の話である。その時は珍しく新郎側来賓で2番目に挨拶する事になっていた。一番手は新郎の会社の社長であった。途中から明らかに様子がおかしい。しどろもどろになり同じフレーズを繰り返している。所謂飛んでしまった状態である。緊張すると覚えてきた原稿が真っ白になることが有る。その社長の長いソロが終わり僕の順になった。司会者の紹介が有り僕がマイクに向かって珠玉のソロを始めようとしたその時かの社長が「もう一度喋らせてください」と言って出てきた。僕はマイクを譲り席に戻って二度目の祝辞を拝聴した。ああ‥このフレーズを入れたかったのだろうな・・・と言う事はつぶさに分かった。挨拶で慎ましく原稿を読む事は悪い事ではないと思う。だがジャズのふりして中身は書き譜、さらに人のソロにも強引に乱入してくる3流のソニー・スティットの作法は流石に大人げない。場所は首相官邸に移る。木原官房長官の記者会見である。最初は記者クラブに加盟している大手メディアの質問である。抑揚から明らかに原稿を読んでいる。官房長官もどの答弁を読むかを見失わないように答弁書を目で追っている。記者と目を合わすことはない。新聞に記事を書くためのデティルに関する質問ばかりで問題の本質に切り込む討論は皆無であった。まさに三文芝居の出来レース。ジャズ的意思疎通はない。lazyでのライブでも開演直前まで練習している輩がいる。あるフレーズを何度も反復している。そのカッコ良いフレーズを何処かにぶっこめばいかしていると思っている節が有る。そのフレーズが相応しい瞬間は一生訪れないかもしれないのである。この練習マニアも大手メディア記者もかの社長もジャズをあまりご存じないようである。
出張lazy bird その3 本田珠也のface book より
Attention, please!
なんと札幌の名店レイジーバードの吉田さんが来年1月久々に東京に出没します。
吉田さんがまだGroovyを営んでいるころ、自分が20代の頃は一緒に中古レコード屋を回ったり、様々な場面でお世話になっている大切な人の一人。現在はGroovyの階下にあるLazy Birdでは毎年のように周年記念でお声をかけて頂き演奏させて頂いています。
その大切な友人である吉田さんが多分超久々に東京にやってきます。ある意味大事件かも知れません。企画をされた琥珀の前田毬子さんには感謝致します。そしてその主賓である吉田さんを囲んでジンギスカンパーティではなく、縁のあるミュージシャン総勢約18名を集結させ二日間にわたり盛大なセッションを行うことになりました。会場はもちろん渋谷JAZZ BAR琥珀です。当然吉田さんファーストコールの米木康志も参加しますよ。詳細はBelowをチェックアウト!
1/29 (Thu) 1/30 (Fri)
Special two days!!!!!
付記
珠也が拡散してくれているのでこちらにも問い合わせが入っています。本当にありがたいことです。出演者についてはその2をご覧の上琥珀にご予約ください。思い返せば30年前、会社を辞めて東京を離れる最後のライブが本田竹曠トリオでした。メンバーは米木、珠也でした。
出張lazy birdその2 渋谷琥珀毬子店長のfacebookより
https://www.facebook.com/share/p/17cbEUR3GL/【かけがえのない日🌹札幌 レイジーバード】
人生観はそれぞれありますよね
人との出逢いは月日の長さだけでは
なくて、例えば、一度しか会った事がない人との
出逢い、その時に感じた事が、一生の宝物に
なったり、その思い出が心を支えてくれたり
そんな、一期一会を肌で感じてます
コロナ禍だった時に東京都の指示に従い
琥珀も休業するしかない時がありました
その間にミュージシャンの方々と
開いてるお店で呑んだり話したり、
イイ時間を過ごした思い出もあります
札幌のレイジーバードの名前は昔から
なんだか知ってて、多分、まだ琥珀がない時代に
トランペッターの山田丈造さんと話してる時に
名前を聞いた事があって、行ってみたいお店だった
琥珀休業中に行った2日間のレイジーバード
楽しかったんです。とても
央紹さんとも、その時レイジーバードで
出逢えました、2日間とも、LIVE終演後の
打ち上げにも参加させてもらって
三嶋大輝さんにもその時紹介してもらったり
お世話になりました
レイジーバードで鈴木央紹さんの生音を
初めて聴いた時に、こんなに素晴らしく、凄い
サックスプレイヤーの央紹さんが
琥珀で奏でてくれるようになったら、
きっと、JAZZ LIVEを体感した事ない
お客様達も、一気にLIVEの素晴らしさを
JAZZの持ってる凄味を感じる事が出来て
LIVEファンが増えるんじゃないかって、
それから、央紹さんは定期的に
琥珀にご出演していただけるようになり
、本当に凄いPLAYを体感でき、、
そうですね、とにかく、人柄も含めて
偉大なミュージシャンで、
正直、今の琥珀を見てもらいたかった、
今の琥珀でも央紹さんの音が必要なんですが、、
それはもう言うのやめますね。
色んな日がありますが、
音楽好きのお客様が
色んな国からご来店して
LIVEを心から楽しんでる光景があります
考えたんです、全国にジャズバーは
沢山あって、素晴らしいミュージシャン達が
出演してるお店もあり、
レイジーバードのマスター吉田さんは
長年、沢山のミュージシャンを育て、
色んな人の繋がりを自然と
つくってるんだろうなって
でも、それは、簡単な事ではない
続けて行くだけでも、山あり谷あり
そんな感謝の思いで
レイジーバードのマスター吉田さんに
どうしても、琥珀に来ていただきたく
吉田さんお呼びしました!
吉田さんナイトです!
年明け!1/29(木)1/30(金)
2日間🔥🔥レイジーバードにゆかりのある
最高なミュージシャンが集結しました!!
スケジュールチェック宜しくお願いします🦚
かけがえのない2日間になります
是非お越しください
どなた様も心よりお待ちしてます🌹
【詳細】
年明け!
1/29 (Thu) 1/30 (Fri)
Special two days!!!!!
出張 Lazybird @渋谷琥珀
1/29(木)
山田丈造 trumpet
平田晃一 guitar
三嶋大輝 bass
井上銘 guitar
古木佳祐 bass
本田珠也drums
松島啓之 trumpet
魚返明未 piano
冨樫マコト bass
原大力 drums
………………………………
1/30(金)
曽我部泰紀 t.sax
若井俊也 bass
原大力 drums
布施音人 piano
三嶋大輝 bass
西村匠平drums
松島啓之 trumpet
山田丈造 trumpet
田中菜緒子 piano
米木康志 bass
柳沼佑育 drums
………………………………
両日共↓
【Time】
Open 19:00
Start 19:30~
【System】
1person charge¥3,000(tc含む)
※1person 2order~
※charge料金のみ現金のご準備を
宜しくお願いします。
飲食代はクレジット・タッチ決済
可能です。
【ご予約メールアドレス】
kohaku-booking@ldandk.com
・日程
・お名前
・人数
・電話番号
上記記入にて承ります。
宜しくお願いします🦚
出張lazy bird

1/29,30に渋谷のjazzbar琥珀でlazy bird2daysという企画をやってくれることになった。lazyに馴染みのあるミュージシャンが大勢出演してくれる。それだけでも光栄なのに「お前も呼んでやるから来い」という話になった。ちょっと足が弱ってきているので最低限の外出で普段は済ませている。20年振りの東京は少し不安でもあるが最後の花道と思って楽しんできたいと思っている。この企画店長の毬子さんがlazyに来てくれた事に起因している。東京がコロナの緊急事態宣言が出ていた時であった。三嶋大輝と央紹が来ていた。毬子さんは打上も含めて楽しんでくれた。その時央紹との出演契約の話もまとまった。毬子さんの文章は次回掲載することにし出演者を早めに紹介しておきたい。
1月29日
1set
山田丈造tp
平田晃一g
三嶋大輝b
2set
井上銘g
古木佳祐b
本田珠也ds
3set
松島啓之tp
魚返明未p
冨樫マコトb
原大力ds
1月30日(金)
1set
曽我部泰紀ts
若井俊也b
原大力ds
2set
布施音人p
三嶋大輝b
西村匠平ds
3set
松島啓之tp
山田丈造tp
田中菜緒子p
米木康志b
柳沼佑育ds
open19:00 start19:30
昨日情報がアップされたようであるが琥珀にはもう予約、問い合わせが来ているようである。これだけのメンバである。混雑が予想される。早めにお店に予約入れてください。
付記
この写真は央紹が毬子さんに送ってくれたものらしい。改めて央紹の為に合掌。
2025.11.21~22 魚返明未トリオ Always Love

魚返明未(p)高橋陸(b)中村海斗(ds)
魚返明未が現れてから10年足らず、今やレイジーの顔になっている。彼は.push、竹村一哲バンドのほかspecial編成の一員として着実に来演を重ねていたのである。その魚返は昨年『照らす』をリリースした。この作品について推薦盤として当ブログに掲載させて頂いたが、今回はそのメンバーによるものなので、助走がてら同作を聴き返し、その出来ばえを再確認しておいた。その甲斐あって、このライブが『照らす』からの選曲を中心に展開されていたので、たちまち聴き入ることができた。目の前では魚返トリオが、次から次へと耽美の際と高揚の渦を交錯させていて全く気が抜けない。リリース記念のライブでは、しばしば作品を逸脱し過ぎないよう配慮されていることがあるし、それに異を唱えるつもりはないが、この三人は明らかにアルバムを超えようとする演奏を試みていることに気づかされる。それは徹底し過ぎていて息を呑み続けることを強いる。終盤に向かって思わぬことが頭をよぎる。筆者は即興音楽としてのジャズを不用意に自明のものとしてしまっていたのではないか。即興音楽とは?自身を疑い始めた。一方でその場その場を楽しんでこそジャズ、それで良いではないかという思いも打ち消せない。だが、今はぶらぶら歩きは止そう。目の前ではこのトリオが明らかに即興音楽の名に相応しい演奏をしているではないか。終演後いくらかメンバーと会話した。ベースに「アルコ・プレイが多かったように思うんだが」と尋ねた。「演るか演らないかは全く決めてません。ここぞと思ったら握っているんです」。ドラムスには「スピード感と音圧が強力だわ」と呟かけてみた。「あれくらい演らないと、二人に負けてしまいますから」。このやり取りが要点を押さえているかどうかは分らないが、筆者の耳を覆っていた曇ったうす氷が融けたように思うのだ。特に二日目はリハなしだったそうだ。これはレギュラー・グループでは特段珍しいことではないが、彼らは小慣れた格好の良い方向ではなく、行けるところまで行ってしまおうという危険が伴なう選択をしているように見える。即興音楽は意識のチューニングさえ合っていれば、成立すると言外に主張している。このスリリングな二日間によって、筆者が陥りかけていた漫然聴きは瞬く間に解消された気がする。『照らす』から効果抜群の『照り返し』を浴びたのだ。その意味でこれは掛け替えのないライブとなったと思うのである。演奏曲は初日「洞窟」、「照らす」、「グラサン」、「Normal Temperature」、「組曲(part1,2,3)」、アンコール「I Thought About You」。翌日「Mozu」、「昨日の雨」、「Dancing Ear Buds」、「夏の駅」、「組曲(part1,2,3)」、アンコール「I’ll Be Seeing You」。なお、「組曲(part1,2,3)」は、両日ともセカンドの1曲目で、ノン・ストップ60分に及ぶ長尺ものなため、最終曲となった。魚返は「満を持して、組曲を用意して来ました」と言っていたので、これ「レイジー・バード組曲」にしようと話を誘ってみたところ、魚返は苦笑いして頷いた。強引に働きかけたきらいがあるので撤回した方がよさそうだ。よって「レイジー・バード組曲」はこの二夜のみに限定された伝説になってしまった。今後この曲名が存在することはない。
今回は少し魚返に深入りしようと思ったが、手に負えるものではなく先送りだ。白旗上げてエンディングに持ち込もう。どこの世界にもあることだが、私たちはジャズ史においても確固たる成果を納めてしまうと、上手くいき過ぎて次に進むことを困難にさる停滞劇があったことを知っている。そうした史実をよそに、魚返は着実にNEXTに踏み込んでいるように感じている。彼には万感の思いを込めて「毎回、初恋のようにドキドキする」と花も恥じらう一言を伝えておいた。I Always Fall In Love Too Easily。
(M・Flanagan)
言語と音楽の関係 再び
ドイツ語の語学番組にクラシック界では有名なオーボエ奏者の宮本文昭が出演していた。ドイツに留学していた経験もある。ドイツ語を習ってよかったと思ったことは有るかとの質問にそれは計り知れないと言う。それは日常生活レベルで助かったと言う意味ではない。バッハの音楽を理解しようとした時、あるフレーズの塊が次のフレーズに発展するとき、あるいはある音が次の音の装飾音符になっているとき、ドイツ語の構文と同じに感じたと言う。僕もパーカーのフレーズを聴くとき同じような感覚に陥る。黒人の英語を聞いているような・・・・。あるプロのsax奏者も同様なことを言っていたのを思い出す。独特の抑揚で何を言っているのか理解できないないというのだ。その当時のバップの流れを汲むjazzを演奏しようと言うことは、黒人訛りの英語を覚えようと言う行為に似ているかもしれない。いまやjazzは世界中で演奏されている。それは英語がグローバルな言語になりつつあって、インド人はインド訛りでスペイン人はスペイン訛りで意思を伝えようとする行為と同じだ。Jazzだけではなくシャンソンはフランス語の柔らかい語感、ストレスのない発音体系と無関係ではないし、フラメンコもジェットコースターのような激しい抑揚と有機的に結びついている。
嘗て細野清臣、松本隆らがはっぴーえんどで試みた日本語をロックビートに乗せようとした試行錯誤が市民権を得るまでにはサザンオールスターズの登場まで待たなければならなかったし、日本歌謡が西条八十の七五調の歌詞の呪縛から逃れることができたのはグループサウンズが日本中を席捲してからだと作詞家の中西礼は分析する。
僕は日本語の歌詞のイントネーションの話になると三善英史の「雨」を思い出す。「雨にぬれながら、たたずむ人が居た」という歌詞で始まる曲だ。出だしの「雨」の部分のイントネーションが実に日本語らしくて好きだった。日本語の曲は一音、一音に音符が対応しているがjazzのスタンダードだと二部音符のなかに二語も三語も入っている。これは英語の発音と不可分に結びついている。
それにしても、二十年も歌ったことがない歌詞はすぐ出てくるのに、「コンファメーション」のコードはなかなか出てこないのは何故だろう。まあ、五十年以上日本人やっているからと自分を慰めるしかないないのだが、ジェロがあんなに演歌が上手い説明がつかなくなる。
「私の耳は貝の殻、海の響きを懐かしむ」上田敏が訳したベルレーヌの詩の一節だが、日本語の情感を残しながら、フランス語の響きをも感じさせる名訳だ。サザンもいいがこういう日本語も残したいものだ。
本日駄洒落
宮本文昭に捧ぐ
負け犬のオーボエ
付記
ブログの上にも20年になる。駄文も1000作品に上るが読んでもらえるのは各ジャンル直近の10作くらいに絞っている。ある文章を探していたら別の面白いものが見つかった。推察するに20年前のものだ。良いことを言っているように思うので再録しておく。
As time goes by 日記11月26日 パンとサーカス
国民にはパンとサーカスを与えておけば大人しくなるものだ・・・ローマの詩人ユウエナリスの言葉である。大谷翔平の活躍が日米首脳会談より大きく取り上げられる。大谷は悪くない、素晴らしい。だがそうした大手マスメディアの行為がパンの大きさがどんどん小さくなっている事実を覆い隠そうとしている。高市早苗総理の存立危機事態事態についての発言が波紋を呼んでいる。中国の戦艦が台湾の海上封鎖をした場合米軍も出動する。その場合は存立危機事態に該当すると国会で明言してしまった。米国には台湾関連法という安全保障に関係する法律が有るが台湾の防衛を保障するものではない。中国も台湾が強力に独立を求めない限り軍事介入をする事はない。米中はそのあいまいさを残したまま外交を続けている。隠れて不倫関係を続けている男女がいる。周囲の人間も見て見ぬふりをしている。そこに空気読めない神戸のおばちゃんが「私が白黒つけやる」と意気込んで乗り込んできた状況に似ている。中国政府による日本への渡航自粛が呼びかけられたのに続き海産物の実質的輸入禁止が実施された。音楽関係の公演中止も相次いでいる。珠也もその煽りを食ったようだ。オーバーツーリズムの問題はあるが観光産業を国家戦略と位置付けた安倍政権以来の方針に水をさすこととなった。関連産業の株価は下落し円は下落し続けている。パンは大きさが小さくなるばかりか値上がりし続けている。僕はサーカスを仕込む事でパン代を稼ぐ業種である。サーカスの質と運営に毎回腐心している。
As times goes by 日記 11月19日
店のシャッターを開けると何やら封書が落ちていた。見ると水道局とある。拙い・・・。蛇口を捻るが雀の涙程度の水滴が落ちる程度である。水道が止まるのは人生初めてである。慌てて電話する。支払いが終われば当日にも復旧出来ると聞き胸をなでおろす。ライブの日流石に水なしでは営業できない。これが夫婦で切り盛りしていれば話は別である。水はなくとも営業できる。夫婦水入らず。・・・・お後がよろしいようで・・・とはいかない。週末は魚返トリオを中心とした5days。今年最後の大催しであるがCity Jazzのメインイベントと日程まるかぶりになって大苦戦をしいら林檎である。高市早苗総理の様に失言はしたつもりはないが店の存立危機事態が続いている。週末の予約と余裕のある方には交通費、宿泊費へのカンパをお願いします。
北洋銀行札幌駅南口支店
店番号310
普通預金3624418
ヨシダナオシ
団扇と扇子
高市早苗総理は自分の言葉で語ろうとする。国会答弁でも官僚の作成した文章を読み上げるだけでなく自分の言葉で語ろうとする。それは評価しよう。だがついつい本音が出てしまう時が有る。内輪
の会合であれば許されるが国会の場で外交問題である場合には許される問題ではない。外交センス
が欠如していると言わざるを得ない。台湾に戦艦が派遣された場合には日本の存立危機事態に該当するという見解を示した。日中友好条約を締結して約50年、歩みは鈍いが両国国民の総意を蔑ろにする発言である。そもそも台湾は国ではなく一地域である。その事実は日本もアメリカも承認している。失言に対してトランプからの援護射撃はないばかりか梯子を外される状態になっている。アメリカにとって中国はディールの大事な相手。日本は鉄砲玉の子分である。関税交渉を見ていれば分かる。中国も台湾が独立する動きを見せない限り武力介入などする気は1ミリもない。台湾の与党民進党も時折独立を口にするがその筋に対するリップサービスであり大半の国民も現状に満足している。アメリカも単独では中国と事を構えることなどない。基地提供を初めとする日本の協力が不可避なのである。となれば存立危機事態の鍵は日本自身が握っていることになる。中国総領事の発言も言語道断であるがSNSで再生回数を稼ぐ愚論には冷静に対処したい。中国政府は日本への渡航を再考する様国民に流した。観光面でも打撃であるがこれが経済面の交流に影響が出てきた場合には日本の経済は立ち行かないのは目に見えている。俳優菅原文太は生前政府の役割は二つあると言った。一つ、国民を飢えさせない事、一つ戦争を決してしない事・・・・文太兄貴総理なってくれ。
立花孝志と斎藤元彦を巡る司法の動き
立花孝志が逮捕され斎藤元彦の二馬力選挙を巡る公選法違反の解明に期待していたが翌日嫌疑不十分とし不起訴が発表された。広告会社メルチュに74万払った行為が買収もしくは最低でも利益誘導罪には該当すると考えていたので驚いた。告発者の郷原弁護士、上脇教授も起訴猶予くらいは勝ち取れると考えていたようで何らかの政治的判断が働いたとの見解を示した。二人は検察審議会の判断を仰ぐ意向を示した。当の斎藤知事は一定の判断が示されたとして相変わらず涼しい顔をしている。兵庫県議は再度斎藤知事に不信任案を突きつけ選挙で信任を問うて欲しい。舞台は目まぐるしく展開する。逮捕された立花は犯行を全面的に認め示談を申し入れた。驚きの行為である。しかし原告に却下され事は裁判に及ぶ。犯行を認めた行為は裁判では限りなく不利に働く。そして裁判では斎藤元彦との関係も暴かれた行くものと思う。あの鉄面皮の斎藤の化けの皮がはがれることを期待して今後の司法の動きに注視したい。それにしても色々な場面で出てくる「政治的判断」とは何者なのか。伊丹十三の映画「マルサの女」のラスシーンを思い出す。東京地検特捜部長小林桂樹の元へ一本の電話が掛かってくる。「先生、その件につきましては・・・・」有力政治家からの様だ。政治的判断が示される前に映画は終わる。
人称の問題
村上春樹の文章を読んでいて思い出したことが有る。村上はある時期まで一人称で小説を書き「僕」を採用していた。文章を書く時自分の事を何と呼ぶか問題である。私、わたくし、俺、僕、わし、拙者、おいどん、あたい・・・・。ブログを立ち上げるにあたって数秒ほど悩んで僕になった。だが今の実生活では9割「俺」であらたまった美千代の席では「私」を使っている。僕が「僕」という言葉を使っていたのは中学生までである。だが文章となると何故僕の方がしっくりくるのか・・・。俺だと少しぞんざいに感じ私だと少し改まった感じがする。間をとって僕を選んだのかもしれない。僕らの世代にある日本人中流意識の表れである。ついでに家族、親戚の呼称である。学生と飲んでいて話題が家族の事に及ぶと違和感が有る表現に出会う。皆母親の事を「おかあさん」と呼ぶのである。「単位落としてしこたまお母さんに怒られた・・・。」上半身Tシャツなのに靴はリーガルのローファーみたいな組み合わせで違和感が有る。バイトしながら学費を捻出する苦学生でありながら甘えている印象を受ける。有る世代までは人前で話す時は母親父親と呼ぶようにと教育されたのだと思う。自分は自宅でお母さんと呼んでいたのは高校の途中までであったような気がする。ある年からは母親の事はテレクサ・テンでお母さんとは呼べない。ずっとおふくろである。先日叔父の葬儀が有った。その席で僕は3番目の年長者であったが全員「ちゃん」付けで呼び合っていた。共同体の中では当たり前の呼称であるが外から眺めているとちよっと違和感を感ずるのではないかと思う。女性は9割5分自分の事を「わたし」と表現する。吉原の遊郭の様に「わちき」とかガード下のパンパンの様に「あたい」と自称することはない。日本の様に職業、地方、階層によってこれほど呼称が豊かな言語はない。女性の自称が「わたし」に収束していったのは社会での女性の位置の象徴でもある。
立花孝志逮捕の意味するもの
何故こういう人物がのうのうとお天道様の下を歩いていられることを常々訝っていた。やっと逮捕に至ったがいくつかの問題が浮き彫りにされた。嫌疑は亡くなった竹内英明兵庫県議に対する名誉棄損である。死者に対する誹謗中傷は立件が非常に難しと言う事であり立花はそれを熟知したうえでの発言である。生存者に対する名誉棄損はそれが事実でなくとも成立し得るが死者に対するそれははっきり事実でなければ立証が難しい。忘れがちであるが立花はN党党首でありN党は自民党の会派に所属している公民である。政治家は政治的発言をする。それはある者を批判する意見であり誹謗中傷と紙一重になりえる場合があり慎重にならざるを得ない。又立花はある意味で権力側なのである。こういうケースでは警察、検察とも時の権力者の顔色を伺う。高市早苗総理が最高権力者とは限らない。あまりの支持率の高さを面白く思っていない勢力が自民党内に巣食っている。現政権にダメージを与えておいた方が得策と考えた麻生副総理の思惑が影響しているとの説もある。警察の捜査が政局に左右されるという事実にも憤りを覚える。この先2馬力選挙における斎藤兵庫県知事の公選法違反への解明につながることを切望するが道のりは遠い。立花は選挙をビジネスと考えている。批判する者にはスラップ訴訟、SNS上での誹謗中傷が後を絶えず、正義を訴えるものの力を削いでいる。これで罰金刑以上の刑が確定されれば他の容疑の執行猶予がとけ堀之内のお勤めが始まる。この訴訟を決断した竹内県議の奥さんの所へモリカケ問題の公文書偽造罪で自殺に追い込まれた赤城さんの奥さんが出来ることはお手伝いしますと訪ねてきたと言う事である。二人とも同質の被害者である。そもそも立花孝志の様な人物を面白そうと言って増長させた層がある。馬鹿に馬鹿という勇気を持ちたい。
山犬集団日本維新の会
先の参院選で惨敗したにもかかわらず数合わせの連立入りでにわかに注目を浴びている。橋下徹が設立した大阪維新の会が母体になっている政党である。反自民反共産、身を切る改革・・・と受けのようキャッチコピーと吉本興業の芸人を使ってのテレビでの宣伝で大阪では圧倒的な支持を集めている。現代表の吉村知事は大阪のテレビに出っぱりでいつ公務をこなしているのか訝る程である。もう記憶が薄くなっているがコロナにはイソジンが効くというデマを流し、医療用とうたい使いもしない雨合羽をあつめた。議員には横領、恐喝、パワハラ、セクハラ不祥事の万博を開催できる面々が顔を連ねている。つい最近も藤田共同代表が公金流用の疑いで赤旗のスクープされた。激変する政局の裏で万博が閉幕した。吉村知事は黒字で終わったとしているが真っ赤な嘘である。運営費もインフラ整備の費用も入っていない収支である。突貫工事を強いられた業者への未払い問題も未解決のままである。吉村知事は民民の問題としてほっかむりをしている。万博が終わるや否やIRの為の工事が加速している林立するクレーンの垣間に麻生セメントのタンクが見える。ゴミの島を固定するには900トンのセメントが必要と言う。巨大な利権である。大屋根リングの撤去作業も始まっているがここに使われた木材と費用で能登地方に4000軒の仮設住宅を増設できた。維新は自民党に取り入るにあたって企業団体献金廃止の刀を鞘に納め比例区の議員定数を謳い出した。これには大阪での成功体験が有る。府議選の際定数を減らし他党が当選する確立を減らし維新独占体制を築いた。国政レベルでも比例定数の削減は自党に影響しないと踏んでいる。身を切るのは府民であり国民である。議員はイベリコ豚の様に肥え太っている。病院を減らしコロナ禍での死亡者は全国一位である。公務員への締め付けは厳しく教員は近県へ逃げて行っている。維新は副首都構想を自民に迫っている。それにあたり封印していた大阪都構想をタンスの奥から出してくる。こういう政党に政権の片翼でも担わせて良いのか・・大阪のヒョウ柄のシャツ着ている叔母チャン・・・・「吉村はん頑張ってはる」言うてる場合ちゃうで・・ほんまに。考えてや、頼むで・・・・。
As time goes by 日記 11月2日シケモク拾い
灰皿を外に出しておくと中の吸殻が無くなっているという怪奇現象が続いていた。僕の気のせいかとも思っていたがそうでもないらしい。クリスファー・ノーランの「インターステラ」における不可逆性の時間と重力場の歪みが原因の異次元空間の出現とも考えられる。書いていて自分でも何を言っているのか分からないが映画を見た人はああ・・あれねと理解してもらえると思う。先日お隣の焼鳥屋のご主人に何か知りませんかと相談したことがあった。ご主人は他の店のママさんにも善意で灰皿をきれいにしてくれている人はいませんかと聞いて回ってくれた。その筋の情報である。この界隈にシケモク拾いがいるそうである。コンビニも前によくいるということであった。戦後にはよくいたのは知っているが今の時代にほんとうにいるんだと驚いた。新しい戦後という標語が現実味を帯びてきている。30年も生活水準の上がらないのは最早個人の責任ではない。謎は解けたが何かすっきりしない。
地位協定の影
舞台は原子力空母ジョージワシントンの艦上である。トランプ大統領に紹介された高市総理が拳を振り上げ飛び跳ね喜びを表現した。その行為について賛否両論である。親密さを世界にアピールできて良かったとの説。欠舐め外交の象徴と言う説。僕は一国の代表が軽はずみな体現はすべきではないと考えている。だが実際あの映像を見ると高市早苗ノリが良くて意外と可愛いじゃん・・・と思ってしまったのである。時々僕の中のミソジニーの残滓が湖底から気泡の様に浮かび上がってくる。そこにはもう一つの問題が隠されている。六本木のど真ん中に米国のヘリポートが存在するのである。そこから横須賀の米軍基地まで所謂横田空域を通って大統領専用ヘリで移動するのである。そこは日本にある異国である。安全保障条約が結ばれたとき同時に日米地位協定も締結された。基地内部は治外法権である。沖縄で米兵が問題を起こしても基地に戻ってしまえば手の出しようがない。裁判権が日本側に戻ってくることもない。NATO諸国も地位協定を結んでいるが日本ほど片務的なものではない。その象徴的な場所への移動を象徴的な乗り物である大統領専用ヘリで移動する時、ディズニーランドのスプラッシュマウンテンに乗るように嬉々としていた姿を見た世界は高市総理の政治的資質をどう判断したであろうか。そしてアメリカ政府は・・・・
あるシネマディクトとの会話
10月3日。米木今年lazy最後となるライブの日、精算時お客さんから本をプレゼントされた。[札幌「映画」生活史1975-2024]というタイトルである。お客さんとは初対面である。僕も時々映画に関する雑文を書いている。その中の「男と女」に関するコメントに共感したということで上記の本を頂くことになった。今度ゆっくり映画の話でもしましょうとその日は分かれた。昨日著者門脇さんがlazy に寄ってくれた。話したいことはいっぱい有る。その本の構成は第一幕映画生活という映画に関するエッセイ、第二幕が1975年から2024年までのベスト映画、ワースト映画になっている。僕は10年以上映画館に足を運んでいない。映画が嫌いになったわけではないのだが、生活サイクルと視力が映画に向かなくなってしまった。ある年度から知らない映画のタイトルが増えてくる。門脇さんの文章には映画に対する愛情にあふれている。中学生のころから鑑賞した映画のコメントをまめに残している。記憶を定着させるに文章にするに越したことはない。僕は読了後門脇さんにトークショウ的なものができないかと提案してみた。飲みながら話していると色々な切り口が浮かんでくる。最近ミッシェルグランのドキュメント映画が上映されていた。ルグランが音楽を担当している「シェルブールの雨傘」「想い出の夏」「華麗なる賭け」などについて話してもらいその音楽を生演奏でやる。たとえば・・・。シェルブールの雨傘にもクラッシックの元ネタがあると聞いた。だがルグランの音楽が素晴らしすぎてそのことに言及する批評家は誰もいなくなったと教えてもらった。ジャズには原曲に新しいメロディを載せる手法がある。映画にもある。「七人の侍」と「荒野の7人」の関係である。一部有名なシーンを取り入れる「戦艦ポチョムキン」と「アンタッチャブル」のリスペクトに満ちた関係性もある。門脇さんの師匠はウディ・アレンと聞いた。最高傑作は「アニーホール」という。主演のダイアンキートンが最近亡くなった。ここ最近ミソジニー問題が喧しいが新しい女性の生き方を提示した傑作である。ダイアンキートンは「ゴットファザー」にも出演していて昔ながらの極道の妻を演じていると思っていた。門脇さんの解釈は違っていた。アルパチーノに問いただす場面がある「貴方も関わっているの」アルパチーノは否定し部屋から出ていく。そこでダイアンキートンは新極道の妻を演じているというのである。なるほど思った。お互いに飲みながらこういう話をするのが一番楽しいですねという定番のエンドロールで締め括られた。何とかトークショーを実現をしたいと思っている。
付記
上記の「札幌映画生活史」門脇繁著¥2200興味持たれた方取次いたします。ご連絡ください
早めの予約とカンパのお願い
回数は減らしていますが東京からミュージシャンを呼んでの企画が相変わらず厳しい状況に有ります。11月は魚返のレギュラートリオを中心に5日間の予定で組みました。生憎札幌市のシティジヤズのメインイベントの日とまるかぶりになってしまいました。元々赤字覚悟の企画ですが集客が予定より下回ると固定経費も捻出出来ないことになります。どうか早めの予約を頂き少しでも安心させてください。それでなくとも年寄りあるあるの夜間の頻尿でぐっすり寝られません。折からの物価、光熱費高騰で3割は利益を圧迫しています。そしてインバウンドによるホテルの高騰です。イベントの相当の赤字を残りの3週間で補填することは不可能になっています。こういう事を始めたのはlazyを始める前40年前の事になります。米木康志、池田篤に来てもらって地元のミュージシャンとのセッション、クリニックを定期的に開催していました。自分が手を伸ばせば色々な繋がりができることに気が付きました。今はそれが学生、社会人にも繋がっています。今回の様なレギュラーグループで来てもらう事も有りますが僕のサイコロの組み合わせで来てもらう事も有ります。そういう時は東京からのお客さんもいます。想像以上の成果を生み定期的に活動する組み合わせも出ています。「レィジーバンドリユニオン」がそれです。央紹亡くなりましたが本田珠也、楠井五月、壼阪健登がメンバーです。嬉しい限りです。僕はもう物は要らない境地になっています。先の感動を食べる獏の様な生活です。願わくば回数減らしてもこう云う企画を続けていきたいと考えています。これをお読みの方も同じ物価高に苦しめられている方かとは思いますがもし余裕あればカンパいただければ助かります。よろしくお願い致します。
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ヨシダナオシ
日米首脳会談の印象
公式に報道されることはごく一部で水面下で行われていることは知る由もない。だがトランプ大統領は上機嫌、高市総理も緊張感は隠せなかったが機嫌は悪くないように感じた。何らかの取引が成立しているように感じた。そのキーワードは安倍元総理である。トランプは安倍総理から高市の事を聞いているとしたが高市と言う固有名詞は会見の中に一度も出てこなかった。名前を覚えていないのだと思う。安倍総理には相当恩義を感じている様だ。それは兵器を爆買いしてくれたことによる。2027年に防衛費をGDP比2%にする約束をしているが高市総理はそれを2年前倒しにすると首脳会談前に発表している。トランプは会見で新しい取引が成立していると発言しているがそれは前倒しの件ではないようだ。外務省の公式発表とNHKの同時通訳でもその部分が切り取られていたり曖昧にされたりしている。事務レベルではヨーロッパ諸国のようにGDP比3.5%の調整がされているようだ。米国は一国では軍事的には中国に敵わないことを知っている。その補強材として日本を見ている。米国自身は通商の部分では何とか中国と折り合いをつけようとしている。高市総理は就任すると靖国参拝について明言を避けるようになった。中国を刺激しないようにとのアメリカからの圧力による。高市総理は党内の支持基盤がきわめて脆弱だ。その最大の後ろ盾は米国である。トランプは天皇と会見した時、陛下を指さしGreat manと言った。これを見ても右翼筋が怒らないから不思議である。
As time goes by 日記10月28日
些細な事であるが最近気になっていることが有った。昨日それを喋ったことで確信した。店内はライブが終わるまで禁煙である。灰皿は外に出してある。喫煙者はライブ前に一服して席に着く。それでインターバルの時には日にもよるが数本の吸殻が有るはずである。それが消えていることが何度か有った。大量に溜まれば自分で一度片付けることが有るしバイトが居れば気を利かして片付けてくれたのかなとも思ったことも有った。まあたいしたことではないのでその都度忘れていた。昨日は貰い煙草の残りが有ったので開演前に2本喫った。インターバルの時一服しようと外に出ると灰皿が綺麗になっていた。たまたまお隣の焼き鳥屋のご主人が外にいたので一服後片付けてくれたのかもしれないと思い聞いてみた。涼みに出てきただけで自分は煙草は吸わないし片付けもしていないという返事であった。言葉にしてそういえばそういう事が何度か有ったと確信した。ある時インターバルの時コンビニに行った。店を出て東角の歩道に5.6本の吸殻がばらまかれていた。マナーの悪い人間が居るなあと思いながら戻ってきたがその時も確か灰皿が空になっていたことを想い出した。昨日も店の周りの道路を割とまめにチェックしてみたが吸殻は見つけられなかった。酔っ払いが灰をまき散らしたのなら灰皿ごとなくなっているのが自然だ。喫っていない煙草が無くなった事は有った。ドラムの柳沼がいた時の事だ。向いの歩道でストリートミュージシャンが歌っていた。日曜日だったのでこの辺りで歌っていても人通りはないですよとアドバイスした。僕らは一服して店に戻りインターバルで外に出た時に柳沼の置き忘れた煙草がなくなっておりフォークシンガーもいなくなっていた。僕らの中では犯人はあのフォークシンガーであると決めつけてしまったが吸殻消滅事件と関連が有るのかもしれない。戦後間もないころはシケモクを拾って針にさし大事に喫っていた光景を思い出すが流石に今の時代考えづらい。村上春樹の小説で表札を盗む癖が有る猿の話がモチーフなった「品川猿」という小説が有った。この辺りにも吸殻を盗む24条猿がいるのかもしれない。
熊と鹿と時々狐
鹿のソロピアノライブ。感想は言うようにしている。シカトすることはない。その帰り夜食に緑のタヌキを買った。その日また狐を見かけた。赤い狐ではなく狐色の狐である。頻度が多い。一度カラスに虐められている狐を助けたことが有る。だが御礼に赤い狐が一年分届くということはなかった。深夜であったのでカラスに面が割れることはなかった。家の非常梯子にカラスの巣を作られそれを撤去したことが有る。棒で突いている時からその家主のカラスであろう者が喧騒に叫び出した。20羽は集まった。さながらヒッチコックの映画「鳥」の様な不気味さであった。その翌日からカラスの嫌がらせが始まった。ベランダ、階段が糞だらけになる日々がしばらく続いた。電線に5,6羽止まりこちらにガンを飛ばしてくることもあった。追い払うために「バイバイ ブラックバード」をかけるが効果はない。幸いまだ熊に遭遇したことはない。札幌でも市街地に熊が出没しているがこれは或る問題を提起していると考える。狐を頻繁に見かけるのも同じ理由である。札幌の場合緑が豊かなので個体数も多いがそれを賄うだけの餌も里山で完結していた。だが今年は餌不足なのである。それで市街地に出没しはじめた。札幌市の政策は棲み分けが主であり電気柵をめぐらしそれを超えてこない限りそれ以上の方策は取らない様である。専門家は言う。人間が生活圏で熊を目にすること自体危険状態である・・・と。全国で熊の増加率が一番多いのは秋田県である。それは離農率と比例する。人間が開墾し畑を管理していた時期は水際で熊を駆除も含めて引き止めていた。その土地を人間が放置するようになると里山は荒れだした。個体数は増えだしそれを養うだけの餌が獲得できなければ人里に降りてくることとなる。高度成長期、木材の需要が拡大し日本の里山は殆ど禿山状態になった。それ以前は毛皮の需要、食肉としての需要もあった。その時期は熊の個体数も減ったという。農業政策の変化により農業で食べていけない人が離農し都市に住み始めると棲み分けができていた地域でもその境界線が曖昧になり事故に発展している。熊を殺すのは可愛そうという意見も聞くが我々は牛も豚も殺して食べているのである。いい子ぶるのは辞めたい。県名は忘れてしまったが東北で昨年の死亡者が交通事故より熊の被害で亡くなった人の数が多かった県が有った。たかだか数人の差と言わないほうが良い。熊の被害に遭遇する確率は交通事故の確率の1/1000位である。熊も資本主義の被害者ではある。熊は見えたが熊はいないとする論理。・・・・その裏に何か重要なことが隠されている。そういう意味でユダヤ問題と共通するものがある。
71%
高市内閣の支持率が71%と聞いて椅子からずり落ちた。30才までの若者層の支持率はそれ以上の80%と聞いて耳を疑った。自分の感覚が世の中の平均とずれているのは認識しているがこの数字はにわかに信じがたい。歴代5位の高さである。ご祝儀相場としても高すぎるのではないか。今週学生のライブが有って打上ではジャズ談義やら部員の馬鹿話で盛り上がっていた。政治の話は出てこない。今の若者は白黒がはっきりする政治の話はしない。だがその中に8割高市内閣の支持者がいるのが現実なのだ。ジャズも所信表明演説も見せかけのフレーズに騙されてはいけない。そもそも先の参院選は何の為であったのか。生活が苦しい国民を蚊帳の外に置き一部議員が裏金を蓄財し何の御咎めもない事への審判を下したのだ。我慢の限界と思った公明党は連立を離脱した。だがその反省は所信表明演説には全く出てこない。経済政策は完全にアベノミクスの代理コードである。政府債務残高の対GDP比を減らすという発言が有った。インフレ政策を続ければ名目GDPは増える。株価もあがり好景気を装うことができる。それに伴う物価高は給付金あるいは消費税の暫定的引き下げの審議を俎上に載せることで凌ごうとしている。確認しておくが引き下げではない。引き下げのことも話し合っていますよ・・・・というポーズである。消費税に限らないが減税の議論になると財源はどうするという理屈を出してくる。だが防衛費だけはVIP待遇で応接間に案内される。防衛費GDP2%を安倍政権時代に約束させられた。高市総理はそれを2年前倒しで実行すると明言した。近々トランプ大統領が来日する。そのお土産と考えられる。外交政策では世界の真ん中で輝いていた日本を取り戻すと豪語し満場の喝采を浴びていた。戦後日本が外交の世界の中心で愛を叫んでいたことはない。それは1930年のロンドン軍縮会議に遡るのではないかと考える。国会が空語で満たされている。
高市早苗総理誕生について思うこと
破壊せよとアイラーは言った。・・・・正確に言うとそのセリフは作家中上健次のものであるがふとそういうセリフが頭を掠める今日この頃の政局である。10月21日、高市早苗が維新と連立を組み総理大臣に就任した。騙し合いの横行する悪魔連合の政権である。身を切る改革を党是する維新は当初企業団体献金規制を政策に掲げていたが自民党が絶対受け入れないとみるや議員定数削減を最優先課題と位置づけ自民党に提案した。高市はまあ・・ぼちぼち検討すると言う事で・・手を打った。選挙区変更は時間も金もかかる案件だがやっている感は出せる。維新は議員の定数を減らすことによって身を切る政党を演出する。実情は比例代表を減らすことは地方の声が今より届きづらくなり民主主義の根幹を揺るがすものである。維新は一旦全国政党を諦め大阪副首都構想を自民党に飲ませ自分は大阪で左団扇で暮らそうという魂胆である。連立と言っても閣僚は出さず風向きが拙い時には何時でも逃げ出せる準備をしている。自民党は自民党で何か支持率が上がる政策が当たれば解散で単独過半数を獲得できる機会を伺っている。取りあえずガソリン暫定税率の廃止を考えている様だ。勿論財務省は反対する。その緩衝材としての片山さつき元財務官僚の財務大臣抜擢であると考える。選挙公約であった給付金は雲散霧消し物価対策は俎上に上りづらい。経済対策はこの場に及んでまだアベノミクスの継承である。日銀の利上げを牽制している。日米の金利差はますます広がり円安傾向は恒常化しそれに比例して輸入物価はますます値上がりし我々の生活を苦しめる。アイラーが破壊せよ・・と言ったものは形骸化したジャズのフォルムであってジャズそのもではない。我々が期待するのも利権構造に依拠した政治であって日本そのもではない。
jazz幼稚園の想い出 No3
一度思い出し始めると止めどがなくなる。曲はCジヤムブルースであった。リズムセクションがステージで待機している。そこに後部の入り口からホーン4人が客席の間を練り歩きながらワールドサキソホーンカルテットの様なノリで入ってくる。ホーンセクションがステージにのったらリズムセクションも加わり強力にスイングするという構想であった。だがここに思わぬ穴が有った。サックス主任であるS名を先頭に練り歩くという予定であったが、Cジャムブルースのテーマダダッ、と吹くとそこでS名は「達磨さんころんだ」の遊びの様にその都度止まってしまいホーン奏者の接触事故が多発した。普通に歩きながら吹けないという。その日ホーンセクションだけ残し歩きながら吹く練習をした。それを考えると一糸乱れず行進する高校生のマーチングバンドを見るとひれ伏すのである。僕の構想は色物を出しながらメンバー、お客さんの目先を変えながら長期的にはちゃんとした主流派の音楽の腕を磨くというものであった。だが一度色物に手を出すとヤクに手を出したクレィジーキャッツの様にそちらの方のネタを考えるのである。臼庭潤がゲストの時ラップに手を出してしまった。モンクのベムシャスイングにのせて僕がラップをするという企画であった。ラップを舐めくさっていた。酔った時の駄洒落の様にそれくらい湧いて出てくると考えていた。出だしだけ考えジャズ的偶然性にまかすという愚挙に出てしまった。一応予防線は張っていた。臼庭には「ベムシャスイング」と言ったら「私困ってます」という意味なので後埋めてテーマに戻ってもらうという傷害保険を掛けていた。
割と早めに日本生命に保険申請したのだがその「ベムシャスイング」の声が南州太郎の様にひっくり返ってしまった。その事を臼庭が亡くなるまでネタにされてしまった。
ネタニナル首相、臼庭にユスラレル
As time goes by日記 10月17日
従妹から電話があった。僕の年で親戚から連絡が入る時にいい知らせの時はあまり無い。叔父の容態が急変したと言う事であった。急いで駆けつけた。集中治療室に入っており酸素マスクや色々なチューブが体に繋がれていた。意識はある。僕が名前を告げると「わかるよ」と小さく頷いた。何か伝えようと喋っているのだがゼエゼエしていて聞き取れない。時々無呼吸状態になる。叔母と従妹が頑張って息して・・と励ましている。無呼吸状態の方が楽そうなのだがその時が危ないそうなのだ。そのやり取りを眺めながら僕は子供の頃に叔父に遊んで貰ったことや祖父の家で親戚が集まり餅つきをしたことなど思い出していた。まだ皆が貧乏だが格差は感じられない大家族制の名残りが残っていた時代の事である。見舞いを終えて店に行った。従妹からもう一度電話が有った。5:30に亡くなったという知らせであった。あの時優しかった叔父が言いたかったことを想像してみるのである。
jazz幼稚園の想い出 No2
jazz幼稚園の名前の由来は初心であることの表明であり予め演奏に対する厳しいご意見をブロックするためでもある。車の後部に子供乗っていますと注意を喚起するステッカーのようなものだ。それと実際に幼稚園の経営者もメンバーであったことにもよる。S原というドラマーが在籍していた。創立時のメンバーで当時は室蘭から参加してくれていた。ドラマーなのでカウントを出してもらった。スティックを鳴らしながら1.2.1234といったところまでは良かったが全く違うテンポでドラムを叩き出した。僕らは全く入れず皆ずっこけた。一度演奏を止め演奏を始めるテンポでカウント出してといった。「え、カウントって言えばいいんじゃないんですか」僕はもう一度ずっこけた。ドリフのコントのような一幕であった。その日からS原のあだ名を「カウント蔑視」と命名した。歴代のゲストは綺羅星の超一流のミュージシャンである。米木康志、池田篤、臼庭潤、原大力。原がゲストの会。僕らはリハをしていた。そこに原が到着した。曲はブルーモンクであった。原はレガートをするしぐさで拍を数えだした。リハが終わってから原から尋ねられた。僕が変拍子にアレンジしたと思っているらしい。最後だけ5拍になっているのだ。ドラマーのS原はどうしても1拍多くなってしまうのでS原に合わせてそこだけ5拍子にしてしまった。原は顔をくちゃくちゃにして「イエィ、jazz幼稚園すごいね」と大笑いしていた。
As time goes by 日記 10月14日
As time goes by 日記 10月14日
大きくとらえると言う事を僕はSロリンズから学んだ。毎日身の回りでは些細ではあるが煩わしい事鬱陶しい事がその必然性を厚化粧の下に隠して起きている。日常生活で起きることは世界で起きている事とは無関係に見える。ガザではハマスが人質20人を開放するという報道が流れた。だがネタニヤフはガザを巡るエジプトでの会合には出席しないという。トランプの神通力が効かなくなっている。そのアメリカでは予算が執行されず医療行為などに深刻な影響が出てきている。命令に従わない高級官僚は容赦なく首を斬られ反抗的な州には軍隊が派遣される。最早民主国家の程をなしていないトランプ王国である。戦後80年日本はアメリカに追随してきた。僕らの世代だと復興する日本の形を肌で感じることができた。バブル全盛時自分もその個性を捨象した総体としての日本国民もその共同幻想としての日本国も勘違いしていた。日本は未だにアメリカの属国である。公明党が「下駄の雪」なら日本はカレーにの片隅にのせられている福神漬である。その福神漬もこの物価高のあおりで盛り放題ではないらしい。自民党総裁選で高市早苗が選ばれた。だが総裁が日本の総理を意味するものではない。政局は目まぐるしく動いている。それに反応し株価は最高値を付けた後乱高下している。円安は153円まで進んでいる。NHK等大手メディアは株価高水準の事は報道するが円安の事は報道しない。円安はトヨタなど一部の輸出産業には有利な材料であるが庶民には逆風である。石油の値段を上げ電気代を上げ食料品を上げビールを上げいも美の値段を上げる。これはアベノミクスの後遺症である。円安は経済体質の国際的評価である。オーバーツーリズムはこの状況を綺麗に反映している。日本には誇れる観光資源が有ることは知っている。だが日本が二流国から更に落ちていること知っておくべきことと思う。
jazz幼稚園の想い出 No1
30年前負け犬と呼ばれ石をぶつけられるのを覚悟の上東京から帰ってきた年3人で始めたのがjazz幼稚園の前身である。楽器ができなくとも結構。音楽を楽しみたい人の為のワークショップという触れ込みで始めた。その裏には良いリスナーを増やしたい・・・という今でも持ち続けている真意が有った。一昨日今は東京に住んでいる「さやか」がlazyを訪ねてくれた。20年ぶり位である。jazz幼稚園のメンバーでTSを吹いていた。その当時は女子大生で構成員の中では一番の若手であった。最盛期は組員15名準構成員4,5人抱える一大組織に発展しlazyでの東京組のライブも一声で満席に出来る位であったので今考えると慢心していた。さやかは物持ちが良いのか当時のフライヤーや僕の作った譜面を持参してくれた。その日ライブレポートを書いてくれている牛乳屋さんもいて想い出話に花が咲いた。
lazy開店前はzippyやジングルで月2回くらいの全体練習の上年1,2回の発表会をやっていた。初級者から上級者まで色々な編成で出番を作っていた。コンセプトは大人の学芸会である。構成とMCは僕の担当なので笑の仕掛け花火は各所に仕掛けてある。オープニングはカーラ・ブレイのアイダ・ルピノである。僕はGのオープンチューニングで怪しげなアルペジオを始める。そこに微妙なタイムで三管のテーマが乗っかってくる。よく言えばマイルスとショーターのネフェルティティのフィール、正直言えば誰かがずれている。執拗に繰り返すテーマが熟したころ詩の朗読を乗せる。長田弘の詩集にクラッシックの作曲家をモチーフにしたものが有る。毎回その中から選んでいたが「ハイドン」が人気であった。朗読はさやかにお願いしていた事が多い。さやかは出だしの一節を覚えていた。「ハイドンは言った」で始まる。僕も何を言ったのかは覚えていない。気になるので本を捜したがすぐには見つからない。でもハイドンは何かを間違いなくいったはずである。それはオイドンが補償するでごわす。牛乳屋さんと当時セミプロ活動をしていたささと3人でスーパーギターートリオの真似事で「地中海の舞踏」をやったことが有る。毎回ササを呼び出すのは悪いので牛乳屋さんと二人で半年くらいかけて仕上げていった。本番2日前仕上げにササも入って貰って仕上げようとリハに臨んだ。正確な譜割を書いた譜面がその日なかったので僕はインド音楽の様に口承伝達を試みた。「ダバダバダ、ダバダバダ、ウン、ダバダバダ」ササはどこか半拍違うと言い出した。僕ら二人の中では出来上がっている。本番は近い。こちらに合わせろと言ったが真面目なささは原因を探ろうとしそれで牛乳屋さんは調子を崩し本番では力を出せなったという。キャノンボール伊藤という組員がいた。その名の通り体形が似ているのである。当初TPをやってみたいと言っていたがtpは音が出るまで時間もかかるしsaxはすぐ音が出ると騙しasを勧めた。勿論有る構想が有っての事だ。そのasは池田篤が選んでくれた。楽器が届いて2週間後発表会が有る。マーシーマーシーマーシーの最初の2小節だけ死に物狂いで覚えてもらった。本番バックはジェームス・ブラウンを待つJB’sの様に執拗なファンクパターンを繰り返し主役のお出ましを待つ。そこにスーツ姿のキャノンボール伊藤が登場しダバダバダッパーと水を噴き上げるアフリカゾウの様にパオーというフレーズを吹き終える。バックはそこでテポドンとカットアウトする。すかさずMCが入る。「今回はここまで、この後は来年」会場はドッカーン。一年後ちゃんと最後までやり遂げた。
続く
