文体とリズムそしてAI

ある文学賞でAIが書いた作品を見抜けなかったと言う事で審査員だった作家最相葉月が辞任したことが有った。内田樹はAIが書いた文章は奥行きがないという。村上春樹はリズムの悪い文章は最後まで読んでもらえないと自分の著書で述べている。文芸評論家の三宅香帆は村上春樹の文章はここぞと言う時同じ音数の言葉を畳みかけるように使ってリズムを整えると指摘していた。AI は殆ど使うことはないが一度「村上春樹が書いたような文章を作って」と問題を出して見た。それはスパゲッティーをゆでる場面から始まっていて村上春樹の口癖「やれやれ」がすぐ出てきた。その文章読んだことが有る様な気がしたのでそのままパクって来たのか一部改変したのかしらべようとも思ったが著作が膨大なので断念した。AIが訊ねてくる。「何かお困りですか、お手伝いしましょうか」痒い所に手が届くやり手のスナックのママの営業トークである。会話を続けてニューボトルを入れさせられてもしゃくなので「こちとら、そんなに暇じゃないんだぜ」と見栄をはって終了させた。その文章はAIに指示して書かせた文章なので迷うことはなかったが村上春樹を全く知らない人であれば最相葉月でなくとも識別は難しいと感じた。ただ言いたいことはそれがどうした・・・と言う事である。三宅香帆が指摘したリズムの問題は例文は忘れてしまったが「飛んで飛んで飛んで、回って、回って、回って・・回る~」と言う歌が典型的である。3・3・3・4・4・4・3とリズムが変わる。三宅は村上が意図的にこの方法論を使っていると指摘する。いくつかの例文は確かにそのようになっていた。これは我々日本人の共通意識の中に和歌の57577の様なリズムが組み込まれているからで特に意図的でないのではと考える。それと村上春樹はジャズに造詣が深い。その事の方が文体とリズムに深く影響していると考える。ロリンズのST.トーマスのソロの出だし風のリズムで書いてみようと思えば書ける人である。村上はあまり長いセンテンスでは書かない人であるが時々息継ぎができないような長いセンテンスで書くことが有る。あっ・ここはリー・コニッツ意識しているなと思う事がる。
音楽、特にジャズにとってはリズムは憲法の様に重要である。文章にとってもそして会話にとっても。話が合うと言う事は会話のリズムが合うと言う事に限りなく近い。