2020.3.27-28 竹村一哲アメイジング・バンド

井上銘(g)魚返明未(p)三嶋大輝(b)竹村一哲(ds)
 待望のバンドの登場である。とりわけこのメンバーの中で初のナマ聴きとなる井上の来場に並々ならぬ期待を寄せてきた。そのことは若井俊也を通じて聞いていると井上から知らされた。気分が盛り上がらないはずがない。ゆえに前がかりの筆者にとって渋く「ブルー・イン・グリーン」からスタートしたのは意外だったが、井上の溜めのあるフレーズは、この曲の根幹に潜む魔力のようなものを十分に引き出していた。1日目と2日目はほぼ同一の選曲だったが、2日目のこの曲は後ろがフリー化する中で、ギターだけが旋律の手綱を離さず難所を渡り切ったようなタフな演奏になっていた。というように同一曲に別の表情を付けているので、全く飽きることの無く2日間が過ぎて行った。従ってこれ以上曲に解説を加えることは、繰り返しになるので良策とは言えない。ここでこの日のメンバーを簡単に覗き見ることにしよう。井上は初めてのレイジーバードをドアの外から眺めて、“名演が生まれそうな店ですね”と言った。バレてしまうが、“銘演”によってそれは本当になって行くのである。ディストーションやピックで弦を擦るなどの技を駆使していたが、それは演奏を高次に引き上げる抜群の効果を体感させるものであった。高音部でこれをやられると大量のワサビが鼻から脳天に突き抜けるようなマヒ状態に陥ってしまった。技術もオリジナリティーも兼ね備えている彼は、逸材と言うにはそれを大きく飛び越えている。LBに名演を残して逝った津村和彦を想い出した。魚返は腕が立つことは重々承知していたが、どちらかと言えばリリカル派と思っていた。ところがどっこい、このライブではとんでもないグルーブを何度も発散させており、彼の異様な一面を思い知らされた。魚返の自作曲のタイトルは一風変わっていて“うっ?”と思わせるものがある。今日の魚返のパフォーマンスを彼流に言うと“熱く凍らせる”だ。三嶋が2年余り前に初登場した時は、可能性を感じたのでもっと出て来るなと思った。余り時は経過していないが、ここに来て一気に表舞台に駆け上って来た。演奏中、笑みを絶すことはなく、本人によれば、「やっていて楽しくてしょうがない」とこぼしたのも頷ける。一哲には色々な思いがある。十代から「一哲凄い」の評判をとってきた。反論の余地はなかったが、少々違和感を持ったこともあった。何故なら「凄い」で終わってはならないと感じていたからだ。最近の一哲は筆者が思っていたとおり“ビヨンド・凄い”になって来た感がある。出したパスは完璧につながり、打ったシュートは全部決まる。この二日間で彼が今やりたいことを実現しているのがこのバンドだと強く確信した。よくぞやってくれた!一哲、有難う!!冒頭以外の演奏曲は、「スパイラル・ダンス」、「A」、「ロロ」、「モズ」、「シャイニング・ブルー」、「バキヤオン」、「ロスト・ヴィジョンズ」など。書き留めておきたいことはもっとあるが、それは次回来た時に譲る。
かつてダイア・ストレイツ(Dire Straits)というRockバンドがあった。そのバンド名は“苦境”を意味する。いま多くの人々がそれに晒されている。不要不急を重要緊急に読み替えなければ、ライブに行けない窮屈さだ。こんなご時世にも拘わらず、大盛況のライブとなった。竹村一哲アメイジング・バンドが引き出した必然だ。Jazzを取り巻くダイア・ストレイツからの脱出を心から祈ろうではないか。
(M・Flanagan)

2020.3.25-26  LUNA+LOUD3 WITH SURRPRISE

LUNA(vo)碓井佑治(g)柳 真也(eb)竹村一哲(ds)
  第5回Rockの狂宴。連戦連勝の快挙を続ける祭典ではあるが、全国各地の大規模イベントが軒並み中止に追いやられている折、“レイジー・バードお前もか“の心配が走るも、無事挙行されるところとなった。それはそうとM・タイナーに“トライデント”という力作があるが、加療中の秋田不在のこの日は“トラ入れんと”の3人編成だとされていたのが、急きょ柳が参戦することになり、辛うじてLOUD3の看板は傾かずに済んだのである。こんな異例のづくめ状況で、JAZZクソクラエ興業の開始だ。
‘70年ころ一世を風靡したハード・ロック・トリオのGFR(グランド・ファンク・レイルロード)の「アメリカン・バンド」が最初の曲だ。沈滞ムードが漂っていた場内からどれだけ叫びを引き出せるかが、本節、LUNAの重大任務である。果実が熟しながら膨らんでいく時の圧力が一気に皮を引き裂くような爆唱・爆音。これで過去4回の実績が敷き詰めて来たレイルロードに乗っかったといっていい。そこに快速「ロックン・ロール」が追っかけて行く寸法だ。ライブでは3曲目当たりがバラードの指定席になっているが、クラプトンの「オールド・ラブ」を持ってきた。悲惨な歌詞らしい。人生色々なことがある。「グッド・タイムス・バッド・タイムス」。2nd.は景気づけの「ウイ・ウイル・ロック・ユー」で開始。その終わりにSuddenly,サプライズがやって来た。LOUD3オリジナル・メンバーの秋田が演奏に立つというのだ。LUNAがアナウンスすると涙交じりの大歓声が沸き起こったのだ。秋田が数カ月振りに抱くベースは「ホール・ロッタ・ラブ」を突き抜けて行った。そして「ステア・ウェイ・トゥ・ヘヴン」、「ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア」、秋田に対する毒づいたヘブン選曲が並び、「リデンプション・ソング」に繋いだ。リデンプション=償還だが、この日に限り“生還”という意味が適切だ。アンコールは再び柳が入り、「ホンキー・トンク・ウイメン」で閉めたのだった。なお、2日目は、初日の数曲に合わせ「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」、「ザ・ウェイト」、「リトル・ウィング」、このバンドが最高の緊張感と最大の興奮を提供する「プラウド・メアリー」、「諸行無常」を脅かす圧巻の「フォーエバー・ヤング」でフィニッシュ。
 この日15周年VOL.1は、Rockは決してRockdownされぬと宣言したのだった。では、秋田の順調なカニ・バックを願いつつ、横バイバイ。
 (M・Flanagan)

2020.2.28 ザ・グレーテスト・コードレス・トリオ

池田篤(as)米木康志(b)原大力(ds)
 待ちに待ったと言うべきである。事前の触れ込みどおり我が国コードレス・トリオの最高峰が登場するのだ。このメンバーは10年余り前に原大力名義の“You’ve Changed”(貴方は変わったのね)をリリースしており、そこからの曲を中心にこのライブは進行して行った。
1曲目は「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、恐るべき穏やかさである。処どころP・デスモンドのような音色が覗いていた。パーカーのCHARLIEを逆さ読み風にしたと言われている「Ah-Leu-Cha」、アップテンポの曲を湧き出すままに池田は仕上げてみせた。3曲目のJ・ロウルズ作「ザ・ピーコックス」は暗がりに誘い込むような曲想で孔雀を彩る華やかさはないが、こうした渋い演奏から三者のバラード達人ぶりが伝わって来る。1st.を締めたのは「フォア・イン・ワン」。T・モンク特有の突起物に躓きそうな曲を平然と捌いていたのは流石。2nd.は「ジャスト・イン・タイム」、軽妙な仕上がりが嬉しい。演奏時間が実時間より短く感じる。2曲目は、樽に寝かせてウン十年の「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」、このコクだ。当夜のハイライトを成したのは「チェイシン・ザ・トレーン」、池田の長めな独奏から一気にインタープレイに突入して行く瞬間はスリル満点。この曲名はV・バンガードでのライブ録音でコルトレーンが動き回りながら演奏するため、録音技師のR・V・ゲルダーが収音マイクを持ってTraneをChaseしたことに由来している。池田は動き回らないが、引き出しの奥にまだ引き出しがあるその音をChaseするのは快感至極。最後は「タイム・アフター・タイム」、これぞ大人の風格というべきやや抜いた感じの演奏に心がなごむ。アンコールはミデイアム・テンポの「コンファメーション」。池田のウラ攻めが何とも心地いい。因みに日本国の宣伝文句は「オモテ無し」。
冒頭で“You’ve Changed”(貴方は変わったのね)について触れた。聴き終えてこのトリオには過去に甘んずる姿勢が微塵もないことが見て取れる。「同じことやってたら進歩ないからさぁ~」と呟いていたのは何時ぞやの米木さんだ。そういうことなのだ。ここで原を語るために少し振りかぶった物言いをする。音楽家であるかどうかに関わらず、人には基礎的ビートが備わっており、誰もがその一本道でつながるからこそ音楽は広く受け入れられることになっている。バンマス原のメリハリに浸っていると、我々の少々バラバラな基礎的ビートは歓喜に包まれ総取りされてしまう。そして取られた方の気分を益々上々にしてしまう。原とはそういうドラマーである。
ところで、今回と同じ編成でL・コニッツに“モーション”という傑作がある。これとの比較級は置いといて、このトリオは熱が加わった“エモーション”としておこう。そこで行き着いた先が最上級の『ザ・グレーテスト・コードレス・トリオ』ということになる。
<追伸>翌29日は原大力+1のLIVE。“+1”扱いされたのはピアノの本山禎朗だ。本山は端正かつ力強い堂々たる演奏を貫き、彼が単発で喝采を浴びる段階を優に超えていることを窺わせていた。演奏曲を紹介しておこう。「イン・ラヴ・イン・ベイン」、「バウンシング・ウィズ・バド」、「サム・アザー・タイム」、「ホエン・ウイル・ザ・ブルース・リーヴ」、「バプリシティー」、「You’ve Changed」!!!、「クレイジーオロジー」、This is the beginning of a「ビューティフル・フレンドシップ」、「ホエン・サニー・ゲッツ・ブルー」。
(M・Flanagan)

2019年 レイジー・バード・ウォッチング

 LBライブとその周辺の記憶を客席から振り返ることにしよう。今年は冬期間に対するリスク・マネジメントが奏功し、スケジュールの混乱は回避できたように見受けられる。この寒い時期にfood-fighter碓井佑治が東京行きを決断したことは、スポーツ新聞の風俗欄よりは値打ちのあるローカル・ニュースだ。その碓井は3月に14周年ライブにおいて、大山淳をDsに配したAnother-Loud3でRock-LUNAとの共演を後に取敢えず旅立ったのだった。それから程なく、本州では“桜”のころに周年記念ライブの第2幕となって行くのだが、地元連を交えつつ米木、池田、荒武といった店主招待枠のミュージシャンが、きっちり演奏責任を果たして行った。初夏を告げるころには大石がやってくる。今年は米木週間の最終盤に組み込まれる形で、松原衣里(vo)との初共演を含め大石美学を余すことなく伝えていった。なお、大石はLB特選名酒“いも美”を素材に曲を作ると言明。それは後日、“E・More・Me”と題され、約束は成就されたのだった。来年はきっとそのお披露目があることだろう。7月になると鈴木央紹が登場。日々の編成替えを経て、新作“Favorits“のメンバーによるライブが挙行された。初登場のオルガン宮川純、鈴木、原大力のトリオである。若き宮川のグルーブには油断できない。今回、原は断続的に登場したのであるが、原および共演者の一部始終は書かれざる“原達日記”と言われているらしい。盛夏の候、8月に初めて壷坂健登を聴いた。原石が光を放ち始める場に立ち会ったような気になった。アイラーの「ゴースト」にはちょっとビックリした。9月には恒例となっているLUNAの本業ライブがあり、新しいものを出しつつ決めの定番が「諸行無常」というパラドキシカルな着地で芸術点を稼ぐ。わが国では100年に一度のという語り口が頻発し、もはや自然界の歯車が完全に狂い始めている。交通機関がマヒする中、LUNAはやっと乗った飛行機を降りてから数十キロを徒歩移動したと後に聞いた。この月には大野えりが来た。文句なしに今年のベスト・ライブに属すると確信する。特に、A・リンカーン作の「throw it away」には胸が締め付けられた。10月に入ると池田篤半年ぶりに再登場。乱気流で飛行機が相当スイングしたらしい。だが到着時の疲労モードから「Impressions」で快心のモード演奏に突入したのだった。それから10日後には、池田とともに辛島さんのバンドにいた小松伸之(ds)と楠井、ここに快進撃を続ける本山のTrio2Days、三日目はハヤテのように現れた鈴木央紹が入りトドメを刺した。そして寒さ対策の11月を迎えた。そんな初冬に‘70年代以降をけん引してきた峰さんが来られた。我が国JAZZの様々な効能が全身を包んでくれる峰の湯は流石の名湯だ。続いて実力と人柄で高位置をキープする松島が引き締まった演奏を披露して行ったと思ったら、次は梅津さんだ。世界中の音楽を2日間に凝縮して行ったのである。感性が限りなくアバンギャルドな人だ。それから1月と7月の2度来ていったマキシム・コンバリュー(p)も今年に花を添えた1人である。同じ欧州人のJ・キューンのような硬派ではないが、そのことが逆にヨーロッパの音楽風土の多様性を感じさせてくれた。いよいよ2019年も大詰めとなった師走、22日は荒武裕一朗、米木康志、竹村一哲のトリオ、翌23日は山田丈造が加わるカルテットが有終の美を飾った。マイルスはハンコックに「何を“弾けば”いいか聴こえてくるまで、耳を澄ませて何もするな」と言ったが、我らは“弾けば”を“聴けば”に置き換えて来年のライブを楽しみにしようではないか。ここらで2019のLB-Watchingを終えたい。では、不特定少数の皆さんよいお年を。
(M・Flanagan)

2019.11.22-23 梅津ワールドがやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!

11.22 梅津和時withEKB+1
梅津和時(as)碓井佑二(g)池田伊陽(g)秋田祐二(b)大山淳(ds) 
 “KIKI bandの曲を中心に演奏する予定”というのが、当店ライブスケジュールの触れ込みであった。早速、1曲目に碓井のカッティングに乗ってKIKI bandの曲がピックアップされた。ではあるが、2曲目はB・マーリーの「I shot the sheriff」、3曲目はC・ミンガス「Good by pork by hat」、4曲目は我々の耳にとって本家よりJ・コッカーの熱唱で強烈な印象のある「With a little help from my friends」ということになって行った。この流れはEKB+1サイドに配慮したものか?それはどうでもよろしい。セカンドに入ると早川さん(b)の曲が2曲演奏された。「ジョ・パシフィック・ストレス」、「ジュマイナ」である。筆者がこれまで聴いてきたFork、Rock、Jazz他が詰まっているデータベースに検索かけると、難なくK・クリムゾンにヒットした。このライブはクリムゾン・サウンドのように目まぐるしい変化の中で進行していく仕掛けなのだ。中ほどに碓井のバラード「フード・ファイターズ」が採り上げられた。しっとりと懐かしい感じの旋律に24のマックス・ヴァリューはかつてフード・センターズという名前であったのを思い出した。いよいよ演たけなわに向かう。R・カークの名曲「レディース・ブルース」をたっぷり聴かせ込んで、最後は梅津さんの「発端は破局」という元も子もない恐ろしいタイトルの曲、日本を拠点にしている多国籍ミュージシャン梅津さんの力感あふれるブルージーな演奏でフィニッシュした。この日のツイン・ギター、碓井が弾きたい盛りの一方、それを一巡している池田は持ち味で臨んでいる様子があり、そこも楽しめるものであった。LBブログの導きにより余計なひと言。桜の下で退化している精神よ、音楽はプログレしているのだよ。
11.23 梅津和時with田中朋子G
梅津和時(as、cl、Vo)田中朋子(key)岡本広(g)秋田祐二(b)大山淳(ds) 
この日はカウントが入る前の一言二言をリハにするスリリングな仕儀。1曲目は田中の難曲「ジャックと豆の木」、1発OK。2曲目も田中の「VEGA」、何度も聴いているがClに持ち替えた梅津さんが曲の新たな一面を引き出す。3曲目は「西陽のあたる部屋」。梅津さんがアフリカを訪れていた時の話。R・ワークマンとの共演が叶いそうな流れの時、ワークマンが“そんなTeke 5みたいなのやらない”と暗雲。梅津さんから“獄中のN・マンデラが西陽の向こうの新世界に辿り着く渇望を5拍子の曲にした”旨を説明してGOサインが出たという実話が紹介された。人間のエネルギーの極限を問う演奏だ。4曲目は梅津さんの「ウエスタン・ピカル」。西部劇とクレズマを合体させて集落の祭りに仕立てたようなハチャメチャ感が冴えわたる。セカンド1曲目は、田中の「レクイエム」。この曲を聴くと心の遣り場を失う。ある人物のことが思い浮かぶからだ。梅津さんは演奏しながら素晴らしい曲だと思ったと告白した。2曲目は梅津さんの「東北」。仙台出身の梅津さんが3.11の風化に警鐘を鳴らす。穏やかだが力強い肉声で歌い上げる。2曲続けての“グサッ”を堪えるのは苦労する。3曲目は暗殺されたブラジルの環境保護活動家に捧げた「シーコ・メンデスの歌」。最終曲は「いつだっていい加減」、だが演奏はシリアスの極み。アンコールは「ぶどう園の住人」。“ぶどう園”とはかつて東京某所に存在した集合住宅。部屋に鍵を掛けない住人達、解放区ならではの大らかな悲喜を綴った曲だっタータタ、タタタッター。
世界中の音楽とともに進化する梅津さんを語るのは難しい。だからこの二日間に限定した話に纏めるのが賢明だと判断した、と言い訳しておく。初日と二日目はガラリと違う雰囲気であったが、この人はなんと生命力を感じさせる音を出すのだろうという印象を以て結びたい。なお標題は、今回の梅津ワールドの選曲とメロに〇ートルズがやって来たのでヤァ!ヤァ!ヤァ!
(M・Flanagan)

2019.11.15 松島啓之4 

松島啓之(tp)本山禎朗(p)柳 真也(b)伊藤宏樹(ds)
 ジャズ喫茶に通っていたころを思い出す。店側は特定の楽器編成に偏らないことを選択基準にしていたので、色々な演奏に接することが出来た。レコード店でも見かけないものも結構かかっていた。その記憶をぼんやり纏めると、管楽器は華だなぁということになるかも知れない。レコちゃん(レコードを選ぶバイトさん)が持ってきたものを、店主がその適否を決定するのだが、ああいう光景は懐かしいものだ。広範な盤選択の中でバップは暗黙のリクエストを受けるかのように、ターンテーブルに乗っていた。誰かが音楽には二種類あって、“聴いたことのある音楽”と“聴いたことのない音楽”だと言っていた。この分類は、あることに関しての体験や知見があったかどうかの区分に過ぎず、音楽の分類である必要はない。ジャズ喫茶の客は満足度を高めようと“また聴きたい”あるいは“聴いたことが無いのを聴きたい”という動機で、足を運ぶ回数を重ねていくことになるので、先の変な分類に当てはまる一面もある。前置きが長くなったが、ご存知のとおり今日演奏する松島は何度も来演しているが、それは回を重ねるに値する演奏をしてきたことの証左である。そして何といってもバップ感溢れる演奏が彼の聴きどころだ。バップというのは、リズムやコード進行の細分化等々で解説されるが、音楽的定義や分析は専門家に任せるとして、筆者風情には音から汗がほとばしり出る音楽であるというだけで事足りる。その世界を目の前で体現してくれるのが松島なのである。当夜も今日的バップを熱帯的に味わうことができたのであった。演奏曲は、松島の「ジャスト・ビコーズ」、「マイルス・アヘッド」、ガレスピー「And then she stepped」、「Peace」、B・パウエル「Oblivion」、ミュージカルBye, Bye Birdieから「A lot of livin’ to do」、松島「トレジャー」、P・チェンバースの「Ease it」、松島「リトル・ソング」、ドーハム「Lotus Blossom」、「オール・ザ・シングス・ユーアー」。この傑出したトランペッターの共演者の今日について一言。ここのところ本山の充実ぶりには目を見張る。“いよいよ来たな”と声を掛けたくなる演奏だ。柳の得意分野は外交である。成る程、どこのどんな相手にもケチのつく対応はしない。嘘っ気のない伊藤は今日も火中の栗を率先して拾いに行く気合がフル回転だ。
 ジャイアント・バッパーの熱い16文キック炸裂。松島や、なう松島や、いい松島や。三景Very・Much.
(M・Flanagan)

2019.11.9 峰 厚介 Mr.Monster

峰厚介(ts)中島弘恵(p)秋田祐二(b)小山彰太(ds)
 峰さんは昨年の年明け以来だ。その日のことを思い出しながら、今後どれくらい、峰さんの生に接することが出来るのだろうかという思いに駆られ、手に取るまま数枚のアルバムを聴いた。ささやかに助走付けをしてから会場に向かった。これまでギリギリまでスコア・チェックするといった厳しい演奏姿勢の峰さんを何度か目撃してきたが、この日のレジェンドは柔和な雰囲気を漂わせていた。時間を押すことなく開演を迎えた。おおよその流れに沿ってみよう。1回目はW・ショーターの逸品「LIMBO」にて開始、中島の「セカンド・ステップ」は次に踏み出す一歩というよりは二の足を踏むとした方が相応しいような曲想。次は峰さんのオリジナル2曲。公演先をひっそり去る時の心情のような「アフター・ザ・チェック・アウト」。聴く側は哀愁のバラッドにチェック・イン。昨年リリースしたアルバムのタイトル曲「バンブー・グローヴ」、パワフルな魅力にぐいぐい引き込まれる。これぞワンホーン・カルテットの醍醐味。2回目は、最近休筆から復活を遂げた時事評論家がタイトルを付けたという中島の「ガンボズ・ステップ」、S・リバースのメロディアスな佳曲「Beatrice」、彰太さんの「月とスッポンティニアスな夢」はタイトルとは逆に深海を彷徨してるような不思議な曲。最後は中島の「スリー・ヒルズ」で、終局の聴かせどころに巻き込んでいった。アンコールはD・チェリーの「Art・Deco」。
峰さんは十代から夜の営業の生バンド需要がある世界で身をもって腕を磨いてきた人だ。そういう出自は、今では縮小過程に入っているのだと思う。現代という時代は、ネットで幾らでも音楽情報を手にすることができるので、土埃をかぶらなくても、ソコソコの考古学者になれるかも知れないような怪しい陰が貼り付いている。とはいえ、最近の台頭著しい若手ミュージシャンたちは、そうした懸念を払拭してくれていることも知っている。彼らは、峰さんをはじめとする偉人たちの描いてきた軌跡をきちんと視野に収めているのだろう。それにしても、ワイルドさありデリケートさあり、そこを自在に往還する風格は、わが国JAZZの覇権を握る演奏家の威容そのものだ。当然の帰結と云おうか、峰ウチでは済まされず、バッサリやられたことのこの快感。今なお湧き出すエナジーによって、Mr.Monsterは今日も峰ブランドをクリエイティヴに更新し続けているのである。
(M・Flanagan)

2019.10.18 本山 東京以心伝心トリオ

 本山禎朗(p)楠井五月(b)小松伸之(ds)
これは在札の本山が、アウェイの東京で演奏する時に組まれるトリオである。メンバーは、LB登場から月日は浅いが、その驚異的テクニックは(ペデルセン+ビトウス)÷2+something-elesと言われており、衝撃のベーシストと称されている楠井、原大力の一番弟子で札幌には10年余りのブランクを置いて舞い戻って来たドラムスの小松。この二人は先ごろ深い感銘を残していった池田篤とともに辛島さんのバンドに在籍していたので、そちらで聴いていた向きも多いと思われる。1回目は、ガーシュイン「エンブレイサブル・ユー」、「マイルス・アヘッド」と名曲が並べられ、耳馴染みのないクレア・フィッシャーのしっとりとした「ペンサティバ」、オスカー・レバントという作者の曲で、若き純粋は時に危険でもある「ブレイム・イット・オン・マイ・ユース」、4曲目は「ホワット・イズ・ディス・シング・コールド・ラブ」、品位優先の曲だと思っていたが、ここでは奇襲攻撃が絡む熱の入った演奏。コール・ポーターが気に入ったかどうかは誰も知りようがない。2回目はR・ロジャース「ハブ・ユー・メット・ミス・ジョーンズ」、モンク「レッツ・コール・ジス」、R・カークのゴスペル・ライクな「フィンガーズ・イン・ザ・ウインド」。最期は、ここのところ本山が好んで採り上げるピーターソンの「スシ」、トロトロするどころか、抜群のスピード感が漂うもので、ネタの鮮度は開店前の行列モノであった。アンコールはE・ガーナーの「ミスティー」で、とろけるようにライブの幕を下ろした。演奏側自らがオススメ・トリオと言っているだけのことはある。連携十分な纏まりの良さを目の当たりにして、以心伝心トリオという思いに行き着いた。
2019.10.19 鈴木 一心不乱カルテット
 鈴木央紹(ts)本山禎朗(p)楠井五月(b)小松伸之(ds)
前日のトリオに加え、当夜だけにのみ鈴木が駆けつけた。この演出は賞賛すべきものである。1stは、前日もやった「エンブレイサブル・ユー」、テナーが入ると相当雰囲気が変わることが見て取れる。マイルス初期の「バップリシティー」からカーマイケル「スカイラーク」と古典群が続く。ドラマーV・ルイスの「ヘイ、イッツ・ミー・ユア・トーキン・トゥ」は初めて耳にしたが、太鼓屋ならではのドライブ感のある曲に猛アタック、爽快そのものだ。2ndは、今どきの冷え込みから、枯れゆく葉のリーブスと秋が去り行くリーブスが重なる。「オータム・リーブス」でスタート。続いてモブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」でバップ的に会場を加熱。続く「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」は、ゆったり流れるモノクロ映画の中に誘い出されるかのようだ。それに身を任せていると、“うっとり”から“うとうと”に引きずり込まれそうになった。とその時、鈴木のカデンツァから「ザ・ソング・イズ・ユー」に突入して一気に覚醒した。今日のハイライトを成すに相応しい滅茶カッコイイ(少し軽いか?)熱演にゴキゲン沸騰。酔いしれる演奏とはこのことだ。アンコールは今も昔もあらゆる瞬間が「ナウズ・ザ・タイム」。これは我らに脇見を許さぬ一心不乱のライブだ。
鈴木は7月のオルガン入りトリオで問題提起していったが、時を経ずして再び聴ける本企画に有難みを感じつつ、バースを回す。鈴木、大きく歌いながら、細かく音が刻まれるパッセージがふんだんに湧き出るさまは、恰も管をくわえた話術師と言えるものだ。500円と1万円のワインをハズしても、鈴木を聴き間違えることはない。楠井、イフェクタありアルコあり、パッション・アリアリ。小松、原師匠のエッセンス継承の上に、自身の個性を貫徹。前日からソツ無しスキ無しユルミ無し。本山、他のメンバーの押上げに真っ向勝負、実に腰のすわった演奏を披露した。2日合わせて延べ“7人の侍”よるヌルさ撃退ライブでした。 
(M・Flanagan)

2019.10.4-5 池田篤 今日のインプレッション

池田篤(as)田中菜緒子Trio(田中(p)若井俊也(b)西村匠平(ds))
 4月の14周年に池田が荒武との共演を果し、「閉伊川」の感動的ソロは記憶に新しい。その池田をよもや年内に再び聴けるとは思っていなかった。今回は昨年の3月に13周年で初登場した田中菜緒子Trioとの合流Quartetという妙味も加わる。
ところで、私たちの演奏家に対する思いは、それまでに聴いてきた延長線上に位置させているのが普通である。人によっては、前期と後期のどちらの方がいいかというように、はっきり線引きして問いを立てることもある。それは一概には、否定できない面もある。しかし、演奏家の積み重ねの裏には体力的変化や私事などの連続性において、誰もがそうであるように人の属性が否応なく影響している。池田の凄まじい演奏力に釘付けにされた体験者は相当数いると思われるが、これまでにも触れて来たように、それが一聴変わっていないようでいて、今は8の力に10の思いを込める池田のように思えている。この熱く浸み込んでくる池田を聴き逃すことがあってはならない。それが池田に対する今日のインプレッションである。それを象徴する演奏が、もう聴く機会はないと思っていたあの曲、「Impressions」だ。こうなるとマナジリの緩みが容赦してくれなくて困る。言いたいことを言ってしまったので、その他の曲を紹介する。出だしはモブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」、田中の「ルンバ(とメモされているが無題)」。池田は石垣から船で南下した琉球地方のある島を訪れるのを恒例としている。その地を素材とした「ウガン」。これは南国情緒を綴ったものではなく、その島の祭祀を行う“拝み山”を曲名にしたもので荘厳な佇まいの曲である。一月前に作った池田の未だタイトルのない曲も披露された。更には池田のラージに聞こえる「リトル・バーニング」。ショーターのお馴染み「YES・OR・NO」、シルバの「ピース」。田中オリジナル「MT」はアグレッシヴな曲。何と田中は“ふぐ”を飼っているという。聞いただけで痺れが回るが、小さな観賞用で暗がりで目が光るのだそうだ。それを曲にした「アベニー・イン・ザ・ダーク」。ガレスピー「コン・アルマ」、マクリーンの「DIG」、など。そういえばブルースをやっている時に、池田が“イン・ザ・ムード”のテーマをハメ込んでいたのには結構ニンマリだ。折角なので、Trioについて付け加える。田中に池田と共演の感想を訊いて見た。初共演だけれど池田さんをよく聴いています、とはぐらかされてしまったが、日頃色々な取組みをしているのだろう、1日目から2日目に向かうにつれ、冷静さと思い切った踏み込みがバランスし、適応力をたっぷり見せ付けていたことは記憶にとどめる。若井と西村は、毎回やることやっていくなぁ、だ。そろそろ若き名演請負人と言うべきか。
池田の真綿で暖められた音が、適温となってこちらの体内に伝えられてくるかのような2日間であった。こうした味わいを生で聴く喜びはこの上ない。そう思いつつ、ここのところ池田を語ろうとすると力みが入り過ぎる。今まさに、抜き方を池田から学ばなければならない。
(M・Flanagan)

2019.9.20 大野えり&石田衛meets TKO

大野えり(vo)石田衛(p)立花泰彦(b)小山彰太(ds)奥野義典(as)
40年もの長きにわたり第一線を張っている大野えり。腹心の石田を従えて3年ぶりの登場だ。片や迎え撃つは初共演の硬派TKO。軍配が返る時間がやや押し加減になった。皮肉にも1曲目は「ジャスト・イン・タイム」という塩梅だ。最初から心をとろけさせるのは流石というしかない。この達人はライブで必ず自作曲を入れるが、この日も「イン・ザタイム・オブ・ザ・シルバー・レイン」、「ウイ・ワー・メント・トゥ・ビー」、「カム・アラウンド・ラブ」が採り上げられていた。このことは、自己主張というよりは自己確認のためになされているように思う。シンガーとコンポーザーの共同作業が彼女にとって欠かせない音楽コンセプトになっているのだろうと想像する。それら以外の曲は、お馴染みの「エスターテ」をじっくり聴かせて何とも艶やか。B・ストレイホンの「ロータス・ブロッサム」、「ラッシュ・ライフ」。コルトレーンほか多くのミュージシャンがやっている「アイム・オールド・ファッションド」、S・ラファロが他界して失意の中で彼に語りかけた(と思われる)エバンスの「ハウ・マイ・ハート・シングス」。人種・人権に深く関与したA・リンカーンの「スロー・イット・アウェイ」。スキャットを含め高速かつ滑らかな離れ業、この「コンファメーション」に匹敵する熱唱に出遭うことは、今後もそうそう望めないかもしれない。シナトラも歌っていた「The best is yet to come」については、最後に触れる。思わぬ話だが、えりさんはクラゲ好き(食用ではない)なのだという。山形県にある“クラゲ水族館”(NHKの逆転人生で、その苦闘が放映されていた)とも交友関係が築かれているらしい。そのクラゲ哀歌は「ジェリー・フィシュ・ブルース」。最終曲はエリントンの「ラブ・ユー・マッドリー」、アンコールは最近リリースされたPIT-INNライブVOL.2のタイトル曲「フィーリング・グッド」。これが当夜の大体のところである。音楽を聴く者の嗜好基準は非常に曖昧なため、感涙ものが別の者にとってはマズマズの評になったりする。こうした感覚の段差と大野えりは縁がない。歌も楽器も上手い人は山ほどいるが、そこにJAZZならではの色気が息づいているかどうかを問えば、大きくその数を減らすであろう。この色気には長年にわたって飽きが来ない、つまり心を酔わせて止まない何かが宿されている。だから多くのレコードを所有していても、手を差し伸べるものに偏りが生ずるのだと言える。話を戻すが、歌唱力を頂点とする大野えりのステージ・ワークは既に完成域に到達していると誰しもが思っている筈である。それは全く正しいのだが、ここで少し修正を加えなければならない羽目になった。
名唱の余韻をよそに、わが国の至宝に対し失礼を顧みず言うならば、欠けているのは還暦越えの年齢的若さ以外にないと思っていた。だが、本人によれば、達成し終えたという意識は皆無で、これからがさぁ本番なのだそうである。前述の「The best is yet to come」。言わば“頂上はまだこれからよ”なのである。若さという失礼の辞は、あくなき探求心に撃墜されてしまったので、訂正してお詫び申し上げる。語り尽くせぬ部分を別の形で補完しておく。よくライブにはCDが持参され、数人が買い求めることは珍しくない。えりさんは、PIT-INNライブのVOL.1、VOL.2、DVDの3点をダンボール詰めで用意していた。知る限りこれだけの飛ぶようなSOLDを見たことがない
(M・Flanagan)