2.22.11.25 .PUSH Quartet

曽我部泰紀(ts)魚返明未(p)富樫マコト(b)西村匠平(ds)
 これはレギュラーバンドである。統率が取れていることと予定調和的であることは全く別のことである。私たちはLIVEにスタジオ盤からの逸脱を期待して止まない興味本位な聴衆といってよい。想定外は大歓迎なのである。リーダーの西村はそこを見逃していない。彼が叩き出す高揚感はその証明といえるだろう。LB初登場からそれは変わっていない。バンマスへの献辞はここまでとして、まずは地元出身で若干二十才の富樫が気になる。頷かされるのは指がよく動くというなことではなく、持っているGroove感だ。ここには何ものにも代え難いヤバさがあり、筆者を含めより多くの監視員をつけたい逸材だ。次は曽我部、.Pushのソツないイメージを覆すゴリゴリ感で押してくる。なんでもLB(つまり全国)の巨星S・央紹氏の後輩筋に当たるらしいが、同一楽器につき面識を持つ機会に恵まれていないそうだ。巨星が聴いたらどう思うか分からないが、肝の据わった頼もしさは確かなものだ。大阪の中の大阪たる河内出身の暴れっぷりを当面は今の延長で見て置きたいリード奏者である。そして前ノリした魚返は遠慮会釈を肯定的に振り払い、リリシズムとエクスプロージョンが全開だ。この若き上昇集団は聴いて兎に角気持ちがよい。こういう連中がいるから隠居はお預けにされっちまうのよ。演奏曲は「Catch&Release」「Vernal Days」「Body&Soul」「Hiball Party」「Wanna Be」「Darn That Dream」「Town Work」「朝焼け5時散歩」など。(「Hiball Party」の魚返、恐るべし)。
 この週は大変結構なHard Daynightsでした。(M・.Flanagan

2022.11.22 魚返明未Qurtet

魚返明未(p)秋田祐二(b)本田珠也(ds) feat.林栄一(as)
魚返は翌日からの出演予定であったが、この日が最終日の珠也に呼びつけられて前ノリの格好になったということだ。珠也の気合のほどが窺われる。その気合にリーダー魚返がどう応ずるかが注目される。魚返には不思議な演奏家のイメージが付き纏っていて、どことなく異端を好んでいるようであるが、未だ解けていない謎が潜んでいるのを感じている。このメンバーだと優れた絵描き達の落書き合戦になる可能性が強い。そこで魚返は癖のある画商の目にとまるようなオリジナルを持ち込んでバンマス然とした対抗策を練ったのではないかと思う。秋田によると魚返の曲で多少の混乱もあったらしい。だが聴く側には全く分からない。なんだか誤解と理解の見境がつかなくなる。それもこれもJAZZなんだろう。小難しいことは差し控えるとして「今日は来て“本当に”良かった」ということは力を込めて伝えて置きたい。仕掛け人の珠也はやや荒っぽい喋りは別として、誰をも裏切ることのない誠意を注ぎ込んで我らを異空間にTripさせてくれたのだった。演奏曲は「Four In One」「Alcohol Jell(魚返)」「You Don’t Know What Love Is」「Bird&Dizz」「タイトル未定(魚返)」「Mary Hartman」「Tattatta」「I Mean You」。

2022.11.20 創作料理「カニタマ」

秋田祐二(b)本田珠也(ds)菅原昇司(tb)南山正樹(p)三浦広樹(g) feat.林栄一(as) 
本田珠也は鈴木良雄さんのThe Blendのメンバーとして道東から札幌までのツアーを終え、本来ならそのまま帰京するはずのところ、もうひと暴れして行くという申し入れを受けて、このLIVEが成立したとのことである。事前の告知ではカニ・バンドwith本田珠也であったが、開演直前に急遽「カニタマBAND」とアナウンスされ、そこそこ「笑い」を取っていた。それはさて置き、これだけ名前が並ぶと誰に焦点を合わせるか人泣かせである。ひと「笑い」も取ったことだし、対極の必須科目である「泣き」について考えてみることとしよう。かつて美空ひばりは「悲しい酒」を歌っているときに止めどなく涙が滲んでくると言っていたが、彼女の歌唱力から納得させられたものだ。演歌でもRockでも「泣き」を売りにしていることが結構あり、謂わば「泣き」を商品化しているのだが、そうしたことと本物の「泣き」は容易には判別しにくい。けれどもそこには確実に違いがあると感ずる。例えば年がら年じゅう怒りまくっているようなミンガスを聴いていると、堪らなくなる瞬間に引きずり込まれたりする。こういう時は素直に「泣き」を受け入れていいのだと思う。そこでだ、今日のSpecial Guest林さんに同様の思いが重なってしまう。荒々しくも極めて鋭利なアイスピックのようで、林さんの音からは余計なものが紛れ込む余地のないPureさを感ずるのだ。Pureさの本質は透けて見えるところにはないので決して騙さてはいけない。何につけ流されやすい我々ごときであっても、気がつくと叫びを囁きとして聴いてしまっていることがあり、それを大切にしたいものだ。今日は林さんの日にしよう。涙腺が決壊する場を提供して頂いたのだから。おっとっと、「カニタマ」の味つけについて言いそびれるところだった。リピーターは語る。相変わらず「濃い目だな」。演奏曲は「Monkey Business」「Lonely Woman」「皇帝」「Penny Saved」「Ladie’s Blues」「North East」「回想」「Mary Hartman」など。

2022.10.21-22 本山禎朗4「溢れ出そうな涙」

池田篤(as()本山禎朗(P)楠井五月(b)原大力(ds)
 この度の初日は某役所がらみの興行ということで、飲み物の提供なしという異例の反社会的仕様のLiveなのであった。筆者にとってLiveとアルコールは、伝票と証憑のような出納原則的な一致の関係にあるので、それを反故にされるとロリンズ抜きのサキソフォン・コロッサスを聴いているような感じなのである。しかしここは大人として如何なる環境変化にも順応しよう。今回は本山仕切りのWith江戸の剣豪という身震いを誘う編成である。周知のように本山は安定的にクオリティーの高い作品を発表しており、押しも押されもせぬ札幌拠点の中核ミュージシャンとなっている。この世の中では若い時に方便として、周囲から期待のホープと言われ続け、そしてそのまま終っていく者がいるのは珍しいことではない。これにはかく言う筆者も心を乱してしまうが、こうしたホープ症の域内に本山の姿は何処を探しても見当たらない。そんな彼に転がり込んだのが今回のセットである。選曲は本山の愛奏曲が中心を占めるが、レジェンド級の池田と原に鬼才楠井が絡む包囲網によって、それらの曲がどう捌かれていくのか興味津々である。人は物思いに耽けながら全力疾走することはできない。本山!無心で疾走してくれと呟いていた。では、本山はどんな曲を厳選したのか。「Witch Craft」「We See」「Butch&Butch」「Pensativa」、「Blessing」「Fingers In The Wind」「Brilliant Darkness」「Misty」「Amsterdam After Dark」「Who Cares」「Just Enough」「Serenity」「Out Of Nowher」「Midnight Mood」「In A Sentimental Mood」などである。その中で印象深かった演奏曲の一つとして「Fingers In The Wind」を取り出してみよう。池田が静かにゝゝに本曲の輪郭を提示しながら、少しづつ内からこみ上げる情念を積み重ねていくのである。この曲はバラードなのだが、その枠組みを超えて解体と構築をシンクロさせていく圧倒的な創造性がここにあり、聴く者の心を打たずにはおかない。この曲の作者R・カークのアルバムを借りて言うならば「溢れ出る涙」を堪えなければならなかった。一つの物語が優れた脚本家の手にかかると物語の作者を追い越してしまうのだと思うのである。たまたま筆者の座っている位置からはカウンター・テーブルの隅に並ぶ池田の意欲作「Free Bird」が視覚に入っていた。鳥が自在に中空に飛び立つということは重力に対抗する力を有していることと言えるのだが、池田も同様に気迫を宙に舞わせているのを感じた。そのことに気づくためには、原と楠井そして本山のサポートという条件を必要としたのだと思う。
 最近、「聞く力」を「馬耳東風」の意に書き換えてしまった政治家さんもおられるようだが、こういう粒揃いのLive演奏に浸っていると、つくづく『聴く力』が養われるのだと感じ入った次第である。
(M・Flanagan)

2022.10.6-7 LUNAの回帰現象

LUNA(Vo) 若井俊也(b) 田中菜緒子(p)
 「芸のためなら女房も捨てる~」という演歌の一節がある。これに倣うと「Liveのためならジャンルも捨てる~」というのが、LUNAによる局地的な戦略である。このまま行くとシルク・ハットから鳩を出すくらいのことをやってしまうのではないかと恐れている。今のところどれを採っても本流と支流の区別がつかない一級河川の景観を呈していて、興覚めを寄せ付けない。今回は、一念発起、JAZZに徹するというのだ。しかも、二日間、一曲も被ることなくやり抜くと豪語する意気込みようだ。そっちもそうなら、こっちもこう。「一丁聴いてやろうじゃないか!」。演目は後で並べるが、よく知られた曲にオリジナルを交えるという構成だ。標題の”回帰”というのはJAZZ一本でいくという以上の含みを持っている。「失ったものを数えるな、残ったものを数えよ」と謎の名言を発したのは、かのB・グッドマンだが、今回のLiveでLUNAが言うには、古の自分が歌っていたド・スタンダードを現在の思いをこめて数曲取り上げたということだった。それが彼女の中で「残ったもの」なのだろう。このことが”回帰”の本当の意味合いである。成るほど、聴いているとエモーショナルに歌い上げながらも、月日の故に度が過ぎぬよう抑制されている。ここはLUNAボーカルの大きな聴きどころになっていたと言っていい。唐突だが、たまたま最近、中島みゆきの”糸”という曲を聴いたので、それになぞらえて言うと、”糸”と言えば仕上がりは別としてタテとヨコの関係から編まれるものを想起しがちであるし、非を唱えようとは思わない。ただ一方で、人は”糸”を使えば必ずついて回る”糸くず”と無縁に生を営んでいる訳ではない。このLiveを聴いていて、その”糸くず”をLUNAはどのように胸中に納めているのだろうか、そんな余計な思いに駆られてしまった。少々湿りがちになったところで、演奏曲をズラッと並べる。初日は「Body& Soul」、「I didn’t Know What Time It Was」、「My One &Only Love」、「Save Your Love For Me」、「 My Foolish Heart 」、「All The things You Are」、「残滓」、「Porgy&Bess」、「愛の語らい(Speaking Of Love)」、「Ellen David」、「Good By」、「Chega de Saudade」、「Here’s To Life」、「Autumn Leives」。そして翌日は「The Man I Love」、「It’s Only A Paper Moon」、「Nearness Of You」、「Tow For The Road」、「Lush Life」、「Loads Of Lovely Love」、「Peshawar」、「Se Todos Fosse Iguais A Vose」、「Re: Requiem」、「We Will Meet Again」、「Who Can I Turn To」、「Lawns」、「Fly Me To The Moon」、「Everything Must Change」。歌いも歌ったり、聴くも聴いたりの二夜に渡る「回帰現象」であった。次回登場は師走、ウルトラ・ウーマン吠える、シワッス!
 なお、リズム・セクションを務めた若井の厚みと田中の清新なバッキングにより、スキを見つけようにも見つけられないLiveとなったことを報告しておかなければならない。次の日にこの両者によるDUOがあり、PM2:00スタートで白昼・白眉の演奏となっていたことを付け加えておきたい。
(M・Flanagan)

jazz研定期戦

jazz研定期戦
先週の土日北大と小樽商大のjazz研一年生の定期戦を開催した。コロナ禍で3年ぶりの開催になる。10年くらい前からの行事になる。当時の北大の部長と話していた時の事だ。6月の学祭が終わると新入部員が大量に辞めると聞いた。一部の部員は学祭でやりきった感を持ち、一部の部員は次の目標がないので続かないと聞いた。次の行事は12月の定期演奏会で半年先になる。夏の合宿が終わる9月終わりに一年生だけの発表会をやったらと提案してみた。それが何とか継続している形だ。今回の出場バンドは5バンド。商大は一年生部員1名の為2年生がバックアップする方法で1バンドだけだったが先輩の温かいまなざしが感じられた。学祭はお祭りである。ライブハウスで演奏するのとは空気感が違う。一年生は緊張しているのが手に取るようにわかった。演奏中は先輩たちと気難しそうなjazz barの親父が腕組して聴いているのである。心中お察し申し上げます・・・と言ってあげたい。こういう時、僕はノーコメントにしている。まず演奏することを楽しんでほしい。そしてまたライブがやりたくなったら戻ってきてほしいと思っている。願わくば良いリスナーに育ってほしいというのが最終目標だ。昼のライブの為打ち上げはないが店の前で先輩たちから色々なアドバイスを受けているようであった。何曲かはハリケーンに襲われた木造住宅の様に崩壊しかかっていたが生き別れにならない様手をつなぎ合って持ちこたえていたのが微笑ましかった。演奏が終わると犯人探しが始まった。反省はしなければならないが粛清は辞めたほうが良い。この2日間僕は感謝されまくった。「こういう貴重な機会を頂きありがとうございます」とバンドが変わるたびに言われるのである。誰か先輩の入知恵であろうが何度も続くと居心地が悪い。MCは緊張するのであらかじめ考えているようであるが官僚が書いた作文を読み上げる大臣の国会答弁の様にはならなかったので良かったと思っている。学生たちからエネルギーを貰った2日間であった。

2022.9.2 無条件の降伏と幸福 

松島啓之(tp)鈴木央紹(ts)加藤友彦(p)三嶋大輝(b)柳沼祐育(ds)
 4番バッターの次が4番なのは明らかにルール違反である。ところがLIVEというのは演奏家によるその時限りの営為なので、ルールはメンバーの掌中にある。従って、彼らが一般的社会規範の干渉を受けることはない。そこに率先して巻き込まれれば、私たちも普段の縛りを忘れてステージを見つめることができる。しかも4番以外もソロありバッキングありの機会均等で嘘がない。何とも羨ましいことだ。今回のような若手と経験を積んだ演奏家の組み合わせはごく普通のことであるが、このメンバーなら私たちをどう説き伏せてくれるのだろうかという思いが胸中を往来する。若手陣の聴きどころは枠をハミ出さんばかりに前に向かって突き進む俗受け関係なしの清々しさにあるし、一方の熟練者は若手であった時を水に流すことなく今日に反映させ、過去と現在を同一過程のものとして自身を研磨している。そうした違いが原動力となってバンド総体としてどのように調和するのかに興味が湧くのである。いま目の前で何が起ころうとしているのか。予想に違わぬことと予想をこえることの両方を期待しているのだ。先発する松島の躍動感は身震いさせるに十分であることは予想どおりであったが、この音色には良心が宿っているのではないかと感じたことは予想外であった。盟友の鈴木については、最早どう綴ってよいか分からないので、イメージを掻き立てたままに言うと、例えば、Mt.富士を描けと云われれば、多くの者がほぼ左右対称の典型的アレを描くのだが、彼は上空から俯瞰して如何ようにも描くのである。既定の視点にない処から放たれる演奏に終わりのない物語を感ずる。少し力を抜いて若手について触れよう。今どきの用語を使えば、彼らは一様に「持続可能な発展目標」を地で行っている。3人揃っているのを聴くのは確か3度目になるが、回を追うごとに進化している。出荷されない規格外の野菜には思いがけない味わいがあるのだ。そうでなければ選定厳しいLBの座敷に上げてもらえない筈だ。筆者はブッキングに関与する権利はないが、「また来るよ」と語りかける権利はある。彼らの日々の研鑽と奮闘とが音に滲んでいるのが伝わってくるのである。終演直後にヘトヘトになっていた加藤がふとフロントに向けてこぼした賛辞を以て結びとしたい。「あの人たちバケモノだ」。演奏曲は「Ugetsu」,「Serenity」,「Skylark」,「Craziology」,「Panjab」,「Ceora」,「La Mesha」、「Fun」,「All The Things You Are」。この日の興奮をCD-Rでお届けできるようなので、迷いなくLAZYBIRDのブログでご確認されたい。
 先月の8月15日は、「終戦記念日」になっている。ところが世界標準では正式に調印行為のあった9月2日が戦争終結の日とされている。日本国は「無条件降伏の日」を意図的に不採用にしたと思われる。LIVEにはそのようなスリ替えはない。重苦しいことを持ち出してしまったが、このLIVEのあった9月2日を「無条件幸福の日」として調印しておきたい。昨今賑やかな事件簿を引いて今年は最後となる2管に申し上げる。「LIVEには行くが、松島の印鑑と鈴木の壺を買うつもりはないよ。」
 なお、前日9月1日はリズム・セクションを務めた加藤友彦トリオのLIVEがあった。バンマスの加藤はリハした曲をやらなかったらしく、三嶋はこのルール違反に苦笑していたが柳沼のアグレッシブなドラミングもあってスリリングな出来栄えになっていた。彼らの白熱ライブもCD-Rの提供があるようなので、演奏曲を紹介しておく。「Simply Bop」,「Boplicity」,「Bolivia」,「This Autumn」,「Alone Together」,「Dolphin」,「Time After Time」,「Just Friends」,「Fogtown Blues 」。
(M・Flanagan)

2022.7.15 鈴木央紹Meets The Rhythm Section

 ここのところ生きのいい若手と支配人クラスの演奏家をジグザグに味わっている。そうしたことを抵抗なく受け入れており、パソコン使った上書きのように前の記録を消失させてしまうようなことはない。誰しもそうであると思うが、所持しているレコード・CDの類で、アレを聴いてみようかと思うものと余り気が進まないものとがある。勿論、これは一個人に付き纏うカタヨリなので、そうではないという人が否定される謂れはない。筆者は凡庸にこれは聴き逃せないなと思う一群の演奏家を中心に繰り返し聴きして来ているにすぎない。それがライブに対する自然体での測量感覚だ。もう薄々答えを言っているようなものだ。鈴木央紹はスルーできない演奏家なのである。縦横、奥行、深さ、重量感、つまり音の容積のようなものを一発で体感できるのだ。ハズれのないクジはクジとは言わないかもしれないが、これまでハズレたことはない。今回は札幌のシーンを背負っている本山のトリオに参加しているのだが、例えば演奏曲の中にO・ネルソンの「Butch&Butch」という曲があった。後に鈴木に初演かどうかを尋ねてみると、初演だと言った。曲読みの深さとそれが平然と音として化けて出る様は普通でなさすぎる。バド・パウエルの作品を借りて言うならば、アメイジングでありジャイアントである。あっという間に時が過ぎてしまのも仕方がない。唐突にあることを思い出した。吉田茂が占領軍たるGHQとの協議中に、連中の頭文字をなぞってGo Home Quiclyと脳裏で呟いたらしい。論理の場に感性が割って入って両義成立している様子が窺われる。鈴木によれば演奏中途切れることなく原曲の旋律が流れているという。表の一枚が実は二重構造になっていることの実例として吉田を思い出だしたのかもしれない。ここまで来ると気分は頂上付近だ。余計なことを言って滑落せぬよう、肝心のリズム・セクションについて語ることは容赦願いたい。演奏曲は「Embraceable You」、「Pensativa」、「Guess I’ll Hung My Tears Out To Dry」、「Butch&Butch」、「Midnight Mood」、「Blessing」、「Worm Valley」、「I Remember April」、「In Love In Vain」。
 ところで、私立ちは“本日限り”“残りわずか”“というチラシが踊ると黙っていられない主婦心理が働く。鈴木央紹、その名を見ると、吾輩は主婦であるになるのである。厄介なことに9月早々鈴木がまたまた来演するとのことだ。立派な主婦としてちょっといい前掛け締めて行かねばならないな。
(M・Flanagan)

2022.7.15 Kejime Collective

広瀬未来(tp)高橋知道(ts)渡辺彰汰(p)古木佳祐(b)山田 玲(ds)
 過去にも記述したが、6、7年くらい前から東京で芽吹く若手ミュージシャンのライブが継続的に企画されて来た。若井(b)という慧眼の持主をエージェントとして多数のまだ見ぬ若手が送り込まれて来たのである。今回のバンド・リーダー山田玲(以下「アキラ」という)もその内の一人だ。それまでは名のある演奏家を聴きに来るという手堅い基準に寄り掛かりがちであったが、その頃から寸尺掴めぬ危うくも新鮮な環境に触れることが出来るようになった。LBでは東京でも実現されていない組み合わせはよくあることだが、今回はレギュラー・バンドである。レギュラー・バンドには、是非は別として割と台本どおり纏めてしまう場合と意図を共有する者同士が自由度を高めながら纏まっていく場合いがあるように思う。さて、このバンド(Kejime Collective)の針はどちらに振れるだろうか。今回のライブは彼らの新作『Counter Attack』のリリース記念を兼ねているということで、選曲はオリジナルで占められるそのアルバムからのものである。実はこれまでアキラ以外のメンバーを聴いたことがない。なので何度も目を開閉し、観察したり聴き入ったりを繰り返した。夫々について感想を並べてみよう。冒頭から唸らされたのはtp広瀬である。抜群の切れ味・フラつきのなさは、気分を引っ張ってくれるのに十分と言ったところだ。Ts高橋は黒光りする艶やかなトーンからアイディアに満ちた展開力が聴きどころ。しかも玉切れしないのは見事である。P渡辺はスキを見せないフロント2管に対し、強く割って入るようなことはなく、あえて隠し味を添えることでバンドを引き立てることに徹していたように思う。だがソロを執った時の腕前は並ではない。B古木はウッドとエレベを使い分けでいたが、古きをたずね・・・などと言っている場合ではない、生粋のグルーブ野郎であることが分かった。個人評からバンド評にいこう。まずそこにレギュラー・バンドならではの総合力があるのを感じた。互いの持っているものを最大限に引き出し合おうとする信念のようなものが、会場を席巻していたと思えてならない。時に、笑いを誘う器用なひと幕もあったが、取り組みが大真面目なので、単なる余興とは明らかに一線を画するものだったと言えよう。総じて何か新しいものへの追求心のようなものが、台本にない熱いステージ・ワークへと導いて行ったに違いない。その熱気を冷まして締めくくろう、私たちはドラマーそしてバンド・リーダーとしてのアキラの底力を見せつけられたのである。演奏曲は「African Skies」、「It’s A Hustle」、「Mr. K」、「Counter Attack」、「Kejime Island」、「A I」、「Mouth Drum Battle」など。
 その昔、学研のグリップ・アタックという参考書があった。後日、アルバム『Counter Attack』を聴いてみた。今のいま、表紙に“kejime Collective”と題された会心の参考書を手にすることが出来たわい。
(M・Flanagan)

2022.7.9  奥村和彦tio +1+α

奥村和彦(p)安藤 昇(b)伊藤宏樹(ds)  西田千穂(vo)
 奥村の来演は相当久し振りのことになるが、ドラムスの伊藤が九州で共演を重ねているので、時折話題になる。思い起こせば、奥村には豪腕系のピアノだというのが初聴きの印象としてある。私たちは演奏家に対するイメージを何となく定着させてしまうのが普通にあるが、耳というのは規律正しくあろうとしない面があって厄介だ。熱演に喝采することもあれば少しやり過ぎと訝ることもあるし、圧倒的な技量に持っていかれることもあれば卓越の度が過ぎて心に響かないと感ずることもある。こうした我儘な感覚を整理するのは鬱陶しいので、演奏家のオリジナリティーに拠りどころを見出すのである。「ああ、あの人の音だ」いうように。奥村の音は以前聴いた印象の延長上にあり、一言では難しいが逞しさを基調にしているように思う。今回の構成は、前・後半ともトリオで2曲のあとにヴォーカルが入るというものである。そのトリオを聴いていると、ヴォーカルが押し込まれてしまうのでは、と思ったりもしていた。ところが西田(鹿児島出身で九州を舞台に活躍の場にしている)の堂々たる歌唱は、何ら後ろに引けを取らない堂々たるものであった。そして少しハスキーな声質は、Trio+1に+αの役割を提供していたように思う。演奏曲はTrioがオリジナル3曲に「「There will never be another you」、歌が入って「Lousiana Sunday Afternoon」、「For All I Know」、「Gee Baby,Ain’t I Good To You」、「That’s Life」、「Here’s To Life」、「My Favorite Things」、「What A Wonderful World」。
 失礼ながら、予想外の素晴らしさに「帰れ、帰れ!」のシュプレヒコールが沸き起こり、薩摩の芋味はレイジーのいも美を凌ぐほどであったことを付け加えて置かなければなりもはん。
(M・Flanagan)