2018.9.6 Trio De るなんぴる

LUNA(vo) 南山雅樹(p)菅原昇二(tb)
丁度1年前、ブラックアウトで札幌の灯は消えていた。辛うじて北24条界隈は部分復旧下にあり、ギリギリのところでLUNAの10年連続ライブが挙行できる運びとなった。首に懐中電灯を下げて何とか会場に辿り着いたのを思い出す。この特殊事情からその日は予定曲の多くが差し替えられた。災害とシンクロしない「明るい表通りで」のような曲を歌う訳にはいかなかったのだろう。そんな中での最終曲「ナチュラル・ウーマン」の熱唱は今も印象深い。さて、今回は何ともイージーなツアー・バンド名ではあるが、それを覆すシリアスなライヴとなるのか?それを気に懸けながら追ってみることにしよう。ひとまず選曲の妙が織りなす英語、ポルトガル語、日本語による世界旅行を楽しむことが出来たとしておく。曲名が余り紹介されなかったので分かる範囲に限定されるが、かなり凝ったアレンジの「サマータイム」からスタートし、ブラジルの蝉「シガーハ」、スタンダード「ジス・オータム」、スキャットを駆使したブルース、悲恋がテーマの日本語の曲、J・レノンの「Love」などが1ステで採り上げられた。2ステは再びブラジルに飛んだ後、わが国にとんぼ返り、“ざんし”と聞こえた失意の曲。次は安部公房の作品に武満徹が曲を付けた「他人の顔」、郷愁をそそる旋律とは裏腹に、歌詞はホラー映画並みに怖い。このあと懐かしくも思いがけない曲が現れた。多分、筆者は四十数年ぶりに聴いた「教訓」。曲も意外だったが、歌詞を断片的に覚えていた自分が照れくさい。これは曲の生命力を気付かせてくれる当夜の掘り出し物。最終局面は必殺パターンの「ヒア‘ズ・トゥ・ライフ」、曲名不詳だが聴き覚えのある魅力的ブラジル曲、そして「諸行無常」にてFine。ジャッジの採点では、燃焼部門LUNA、小粋さ部門NAN、マイルド効果部門PIL、それぞれ高得点をマーク。人生色々なことがあるが捨てたもんじゃない、と思わせるような“Trio-De-るなんぴる”の『今夜は最高!』ライブでした。
この蛇足は失礼に当たらなければよいが、LUNAの話し言葉は、その声の転がし方が気のせいかアジアの歌姫テレサ・テンに似ているような気がする。ホーリー ジュン ザイライ(いつの日君帰る)。ジャズに?ロックに?歌謡に?何処に帰るのだろうか、ヒヒヒ。
(M・Flanagan)

2019.8.9 壷阪健登 器用な果実

壷阪健登(p)柳真也(b)伊藤宏樹(ds)
 近年、若手の台頭には目を見張るものがある。率直にこの日聴いた壷阪から今後重要な役割を果していくのではないかと感じた。まだ二十代半ばであることによる清新さはさて置き、既に自己の方向性が定まっており、その射程圏内において存分に研鑽を積むことが今日の演奏活動なのだと思われる。折々のアナウンスから少しずつその秘密が明らかになって行った。それは、彼が過去の遺産の中に未来を発掘しようとする明確な自覚を持っており、強めて言えば当代の毒気のない流行は眼中にないということだろう。余談だが、エリントンを学習したか否かでその後の演奏に明確な差が出るという話を聞いたことがある。因みに現代音楽あがりであるC・テイラー自身の発言よると一方で“私は4ビートをできない”と語り、他方で“デューク・エンリントンを最大限に尊敬している”と述べている。その両立を可能にしているのはエリントンの想像力を学習したことによるものだと思われる。さて、この日の選曲は、1曲目が「ステラ・バイ・スターライト」、2曲目は「グッド・モーニング・ハートエイク」、これはエンディングにその演奏のピークを持ってくるあのスタンダーズのような仕上がり。3曲目は」「アイ・ディドゥント・ノー・ホワット・タイム・イット・ワズ」、4曲目は「プレリュード・トゥ・ア・キス」と名曲を並べ、最期はストレイホンの「UMMG」をアグレッシブに攻めた。筆者は前半だけに限っても異才を放つ壷坂を感ずることが出来た。後半はモンクの「トゥインクル・トゥインクル」、2曲目がヘイデンの「ワルツ・フォー・ルース」。そして3曲目が「ゴースト」、これには完全に意表を突かれ飲むペースが倍テンになってしまった。アメリカでの彼はFreeのセッションにも参加することがあるらしい。4曲目は一般に定着しているよりスローな「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」。5曲目は逆にアップ・テンポ気味の「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」。この若き才能の演奏から、閃き溢れるフレーズ、アクセントの付け方などの独自性をはっきりと窺い知ることができた。必然的にサイドの柳と伊藤もその刺激を十分浴びた立派な演奏をやり切っていた。
 これからの話は何処に持ってくるか迷ったが最後にした。それは壷阪が誰を最も敬愛しているかという話である。ビリー・ホリデイなのだそうだ。寝起きから聴くこともよくあると言っていた。このライブでも彼女への畏敬の念を込めて愛唱曲を採り上げていた。ビリーは器楽的フレージングやブルース感覚において天才と言われたが、我々が伝え聞く波乱の生涯のイメージが余りにも強いシンガーである。筆者には何を聴いても物悲しく聞こえてしまうのだが、改めて“奇妙な果実”を聴き直すと、彼女の背負った体験が宿命的に滲み出て来るのは致し方の無いこととして、そのことと意図的に仕組まれた感情移入とは区別しておかなければならないと思う。実際、彼女にとって歌うこととは、天性の歌唱力を極限化することのみに専念する営みだったのかも知れない。そうであれば、彼女の人生と歌とを過剰に接合させているのは恣意的に悲運のビリーホリデイ物語を仕組もうとする聴く側の干渉が働いているのではないかと疑ってみる必要がある。けれどもこの疑いは壷坂が何故ビリーなのかの手掛かりにはなっていない。凡人には謎が解けないままだが、壷坂は彼の特異な才をもってビリーの想像力を巧みに汲み取っている筈だ。“器用な果実”壷阪健登、目を離してはならない飛び切りの逸材である。
(M・Flanagan)

2019.7.26 マキシム・ワールド・ジャズ・トリオ

Maxme・Combaruie(p)三島大輝(b)伊藤宏樹(ds)
 前回のこのトリオ演奏でマキシムの個性を少しは掴めたと思っている。やや回りくどく言うと、アメリカはジャズ発祥の地であるが、その多様さから説明するのは容易なことではないにしても、わが国の多数はアメリカ的なるものを体感的に分かっているような気がする。そのアメリカの多様性のどの区画にも属していないというのが、少なくとも前回掴めたマキシムの個性の位置である。他のヨーロッパ国民以上にフランス人は自国語に固執するとよく言われている。訊いて見ると、マキシムはその通りだと頷いた。今回は止むを得ずカウントに英語を使っていたが、言語観と彼の音楽とは不離一体である。これを24批評界ではマキシムのFrench-Connectionと言っているらしい。通常私たちは、音楽を聴きながら頭の中をあちこち徘徊することもあれば、じっと立ち止まったりもする。そんな状態のなかで耳を傾けていると、マキシムはラ・マルセイエーズの勇ましさを柔らかさに変換させながら端正なピアノで行進しているように思えてならないのである。その行進に合わせて、マキシムの音楽に対する筆者の理解も半歩は前進したようだ。ここまで来て気恥ずかしいが、以上のことは彼のエスプリの所在はセーヌ河であってミシシッピー川ではないと言ってしまえば済むことであった。演奏曲は「イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー」、関西のアルト奏者の曲「大きな桜の木の下で」、「ソーラー」、「オーバー・ザ・レインボウ」、「エアジン」、「酒とバラの日々」、オリジナル「4:00 AM」、「ステラ・バイ・スターライト」、ブラジルもの「テドルフィン」、オリジナルの「ハピネス」で閉め。アンコールは日本をイメージしたオリジナル「エリカ」、これはソロを割愛したので2分ほどで終了、次回は演奏サイズをマキシマムにしてもらいたいものだ。
 では蛇足。ヴィジュアル的に伊藤は生粋のニッポン顔である。三島は気合が入るほどにゲバラ顔になる。マキシムは気のいいヤサ男顔。彼ら3人は自由・平等・博愛に満ちているかは分からないが、ひとまずWorld・Jazz・Trioと名付けて逃げ切りを図ることにした。
(M・Flanagan)

2019.7.19 田中朋子オリジナル集

田中朋子(key)菅原昇二(tb)中澤一起(g)北垣響(b)小山彰太(ds)
 5月の連休明けのことだ。有りそうで無かったこのメンバーによる初ライブがあった。それはお客さんを大いに楽しませるものだった。そんなこんなの勢いで、ライブ終了後にさっそく次回のスケジュール調整が始まり、そこで組まれたのが当夜である。見るからにヤル気満々のようなのである。そして田中のオリジナルが中心と紹介されたのも嬉しい限りだ。夫々の印象を添える。1stは比較的新しい曲が並んだ。1曲目は「イノセント・ウーマン」、汚れなき潔白の女性というような意味合いだが、一筋縄ではいかなかった女の半生のようにニガ目のスパイスが効いていた。2曲目は「ダブル・ムーン・フォー」、いくつもの月が天体を舞うが、その動きは引き締まったものだ。3曲目は「マグノリア」、田中の内面を静かに描写していく審美的バラード。4曲目は「ダイヤモンド・ダスト」、出だしは遠い昔に引き連れて行くわらべ歌のような感じだったが、中澤と菅原のタイトなソロによって渦を巻くように現代に連れ戻される。2nd1曲目は、唯一割って入った菅原のオリジナル「散歩・ツー」、老人のようなスロー散歩だが足元はしっかりしていた。2曲目は万雷の拍手とともに封印していたあの「SAKURARAN」、後半の山場に差しかかると混然一体、狂喜乱舞、天衣無縫、焼肉定食、美味しいとこ取りの取っ組み合いが展開された。これだけで来た甲斐があるというものだ。場内も快哉が飛び交っていた。3曲目は「ヴェガ」、ピアニカの巧みな効果音がこの曲の新たな一面を引き出しており、アコースティックとの使い分けが見事。最終曲は、このところ田中の座右に位置する「ジャックと豆の木」。スミマセン、大熱演のさ中に“ジャックとディジョネット”と呟いてしまいました。アンコールは「インナ・センチメンタル・ムード」。改めてこのバンドは実に面白い。菅原の参加が田中の楽曲に新たな花を添えているのは間違いないが、ツワモノ揃いなので聴きどころに不自由しない。夏が終わったらまたやるそうなので、未だの方にはお聴き逃しのないようチェックされたい。その時は彰太さんのハモニカをが聴けるかも。
 オリジナル中心のライブは、正直、一杯一杯になることがある。だがそうではないケースもあるのだ。虹のタナカに讃辞のあなた。
(M・Flanagan)

2019.7.13 鈴木央紹 Favouritesの頭金

鈴木央紹(ts、ss)宮川純(org)原大力(ds)
 ごく最近リリースされたこのトリオによる「Favourites」。まさにスタジオからここに直行のようなものだ。タイトル名からお気に入りを選曲したと想像できる。それよりも何よりも、今回の目玉は、オルガン入りということに尽きる。オルガンと言えば、突出してジミー・スミスが有名なように思う。これは彼の功績のほかにオルガニストが少数ないということの裏返しでもある。よもやま話は程々に会場の中に入ってみよう。音だしは鈴木の独奏によるイントロからだ。オルガンが何処からどう絡んでくるのか。固唾を呑む間が続く。本当はこの楽器、ソウルフルかつダイナミックなグルーヴが魅力なのだが、多分、ナマでは初めて聴く人が多いだろうから、この雰囲気もやむを得ない。テーマに入る段でオルガンとドラムが静かに寄り添ってきた。「ウィッチ・クラフト」、魔術の始まりだ。この演奏は後の演奏と通底する。例によって聴きどころである鈴木独壇場の高難度フレーズのスムーズなまとめと、鈴木ソロの後に回って来る宮川のベースとメロディーが合成されたアドリブに間髪入れず原が乗っかって来る。オルガンとドラムの並奏は何度も提示されたが、これが誠にスリリングだ。全編をまとめると、鈴木の圧倒的演奏力と宮川の時に地を這い時に中空を駆け回る表情豊かなプレイ、そして原の真骨頂である丁々発止に巻き込むノリが少人数編成においてひと際要求される連帯バランスを見事に体現していた。スローな演奏においてもこれは何ら揺るぎなく、目の離せないトリオの出現、新たな発見サックだ。他の曲は、「ザ・デューク」、「ユーヴ・チェンジド」、「リメンバー」、「ホエア・オア・ホエン」、「アイ・シュッド・ケア」、「エヴリータイム・ウイ・セイ・グッバイ」、「(スタンダード)」、アンコールは「ムーン・リバー」。CDと外の曲が半々ぐらい。
 このライブを「Favouritesの頭金」と名付けた。サウンドに未来的なものを感じてしまったので、今後もそれなりの負担を覚悟することになりそうなのだ。いずれにせよSomething Elseなトリオのオルガンナイザー鈴木に感服する。
(M・Flanagan)

2019.6.21-22 大石極上のスピリット

6.21 松原衣里(vo.)With大石学(p)・米木康志(b)
 松原3度目の登場となるが、関西をホームにしている彼女は2年ほど札幌に住んでいたことがある。思いでの横浜(6.17ブログ)の札幌バージョンといえようか。冒頭彼女は、1週間くらい前からそわそわしていたと正直に打ち明けてくれた。わが国屈指のバック大石・米木、言わずもがなである。ヴォーカルには色々な人がいて、色々な聴かせ方をしてくれる。なので、それぞれに聴きどころがある。松原はと云えば、その選曲やふんだんにスキャットを駆使するなど所謂正統派に属していると思う。歴史に名を残す大物を相当研究したのではないかと想像できる。そしてその持ち味である奥行を感じさせるアルト・ヴォイスとここぞの瞬発力によって彼女の資質が十分引き出されているのだ。加えて最高のバック。“大満足”、終わってからの松原の一言だ。
曲は、ピアノ・ベースDuo「オール・ザ・シングス・ユー・アー」、以下松原が入り「アワ・ラブ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」、「イット・ネヴァー・エンタードゥ・マイ・マインド」、「デイ・バイ・デイ」、「ファースト・ソング」、「ムーン・レイ」、「バット・ノット・フォー・ミー」、2回目も最初はDuo「ビューティフル・ラブ」、以下「It don’t mean a thing」、「ア・タイム・フォー・ラブ」、「サムタイム・アイム・ハッピー」、「ワン・ノート・サンバ」、「ジョージア・オン・マイ・マインド」、「ジス・キャント・ビー・ラブ」、「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。アメリカでは各地にBig・Mamaと呼ばれるシンガーがいそうな気がする。極東アジアにもその一人がいるのだった。なお、どうして「It doesn’t mean・・・」ではなくて「It don’t mean・・・」なのかを調べて見たところ、「doesn’t」で歌うとスイングしないから文法を無視したのだそうだ。確かに。
6.22 大石学(p)・米木康志(b)
一夜明けると、札幌は松原のシャウトに刺激されたかのような強烈な雷雨に見舞われ、それは勢いを弱めながら夜まで続いた。大石が最初に採り上げたのは自作の「コンティニュアス・レイン」という曲だった。大石は時間があればいつもピアノに向き合い作曲しているらしい。今回もオリジナルの合間にスタンダードを添える形で進行した。順に「ジェミニ」、「クワイエット・ラヴァーズ」、「雨音」、「チェンジ」、「シリウス」(米木オリジナル)、「メモリーズ」、「ザ・ウエイ・ユー・ルック・トゥナイト」、「ピース」、「ビューティフル・ラブ」。一言つけ加えると大石の代表曲「ピース」は何度聴いても胸を打たれる。大石を初めて聴いてから15年くらい経つ。ソロ、デュオ、トリオ、カルテットと折に触れ耳を傾けてきた。大石の一種叙情に溢れた演奏が彼の音楽性だとしよう。するとその音楽性の陰にある精神性を覗き込んでみたくなる。おそらく大石学とは、音が彼から逃れなくなるまで研鑽を重ね、そこに揺らぐことなくプライドを注ぎ込む信念の塊のような演奏家なのである。これを「大石極上のスピリット」と言わずに何と言う。少し力が入ってしまったので方向転換しよう。大石は作曲魔という主旨のことを先に述べた。“いも美”という曲を作ってみようかと呟いたようである。空耳でなければ、いつか大石さまが。アルコールついでの話だが、終演後、『大石』という熊本の米焼酎が振る舞われた。この春、常連さんが持ち込んだもので、3カ月間この日のために開封せずに我慢したという。一口よばれたが、『大石』極上のスピリッツであった。
臨時ニュースを一つ。HPのライヴ・スケジュールには「米木康志多忙のため今年最後の固め聴きチャンス」と付記されていたが、12月下旬に空きが出たため、急きょ日程が組まれたのでお知らせしておく。
(M・Flanagan)

2019.5.24 古舘賢治sings 昭和歌謡

古舘賢治(g.vo)板橋夏美(tb)
 このDUOは時折ライブで歌謡曲を挿入して来たらしいが、当夜は、昭和歌謡のみに撤するとのことであった。「昭和」は、先ごろ二つ前の元号になってしまったが、ある年齢層の人たちにとって、それは今より不便な黄金期といえるものだ。筆者にとってその時期は1960年代のような気がする。あらかじめ何人かの歌手を思い浮かべていたが、結果的に的中率は非常に悪かった。それはそれでよいではないか。昭和歌謡と言いながら、最初は「ミスター・ロンリー」が選ばれた。この曲はご存知のとおり“ジェット・ストリーム”のテーマ曲である。古舘は間奏で城達也のあのナレーションを再現して見せた。彼はやるべくしてやった立派な確信犯である。いよいよ本題に突入するが、昭和63年間初期の頃の藤山一郎「酒は涙か溜息か」と李香蘭「蘇州夜曲」で口火を切った。これらの曲は勿論リアル・タイムで聴いてはいないが、その後の“ナツメロ”歌謡番組で耳にしていたものだ。後者の方は時折ジャズ演奏でも聴かれる。少し驚かされたのが、鳥羽一郎の演歌ド真ん中「兄弟船」だ。この曲には“型は古いがシケには強い”という漁師のリアリティーを込めた一節があるのだが、古舘流にかかると富裕層が所有する冷暖房、テーブル・ソファー、洋酒完備のクルージング船の雰囲気だ。その洋酒に手を出したわけではないが、聴くにつれ酔いが回って結構いい気分になってしまった。他の曲名は余りよく思い出せないが、近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」のほか「影を慕いて」ディック・ミネ、坂本九、サザン・オールスターズの曲だったと思う。このライブは長い昭和の代表的な曲をLCCでひとっ飛びさせてくれた。予想した江利チエミ、西田佐知子、伊藤ゆかり、ザ・ピーナッツ。ハズれはしたが、満天の星をいただく歌謡の海に浸り、刹那の上機嫌を味わうことができた。
 夜間飛行のお供をいたしましたパイロットは古舘健治、チーフ・キャビン・アテンダントは板橋夏美でした。 
(M・Flanagan)

2019.5.3 松島啓之の嬉しいTPP

松島啓之(tp)本山禎朗(p)柳真也(b)舘山健二(ds)
トランペットを聴く機会はそう多くはないが、毎年やって来る松島によって、この楽器はやはりJAZZの花形であることを印象付けられてきた。松島を聴きに来る人々は同様の印象を持っておられるのではないかと思う。JAZZファンは結構得手勝手なところがあり、ギターは聴かない、ヴォーカルも聴かない、フォービートしか聴かないなどという人もいる。好みというのは個人に独占権があるのでケチの付けようがない。かく言う筆者も松島が関わるルパンや熱帯を殆ど聴いていないので、偉そうなことは言えない。話は変わるが、確か松島はC・ベーシーを聴いてJAZZに開眼し、ブラウニーやL・モーガンに多大な影響を受けたというのが音楽人生のイントロだったと思うが、この日もC・ブラウンで有名な「神の子はみな踊る」、モーガンが十代に吹き込んだ「PSアイ・ラヴ・ユー」が採りあげられていた。松島の聴きどころはバップを消化し切っていることはもとより、その突き抜けるような音圧や艶やかな音色にある。それが聴きながら“いま私たちはいい場所にいるな”と思わせてくれるのである。繰り返し聴きたくなる演奏家には、必ずそう思わせる魅力が潜んでいる。例えば「ライク・サムワン・イン・ラヴ」のようなバラードにおいては“長い年月”によって蓄積された質感が伝わって来て、深く聴き入ってしまうのである。その“長い年月”を確かめようと、翌日、松島が28歳の時にリリースした初CDを聴いてみることにした。音のコクに違いがあるとはいえ、それを払拭して余りある演奏力は実に見事なものと感じた。若い時には若い時の良さがあることを再認識した。その他の曲は、帝王の「マイルス・アヘッド」、名盤“オーバーシーズ“に収録されている「エクリプソ」、スタンダード「アイヴ・ネヴァー・ビーン・イン・ラヴ・ビフォー」、松島初期のオリジナル「トレイジャー」、「ジャスト・ビコーズ」それと熊本の震災直後に作ったという「リトル・ソング」、T・ジョーンズの佳曲「レディー・ラック」、C・パーカー「オーニソロジー」が演奏された。トランペットの優先道路というか、トランペットで決まりという曲がある。この日は、そうした曲がズラリと並べられた。これら嬉しい曲の一覧表をトランペット・プログラムといい、略して”TPP“と云うのだそうだ。
 ところで、演奏された「オーニソロジー(鳥類学)」は、C・パーカーがバードの愛称に引っかけて名付けたものであるが、その後J・コルトレーンが“ブルー・トレイン”の中に新種の「レイジー・バード」を収録した。時を経て、「レイジー・バード」はJAZZの発信基地として札幌の鳥類図鑑にその名を留めている。これは史実に即した作り話だが、「鳥類憐みの令」も支援するJAZZ文化の保護区から良質なライブがますます飛び交わんことを願う。
(M・Flanagan)

2019.4.10~13 14周年 連夜の三小説

これまで3月アタマに設定されていた“周年企画”は暴風雪に邪魔だてされてきたので、今年から少し後ろの“It might as well be spring”の日程に切り替えられた。お陰でウェザー・リポート確認の神経戦からは解放されることと相なった。連夜のライブを以下、三小説にまとめた。
2019.4.10 田中朋子(key)岡本広(g)米木康志(b)
‘80年代から夫々を聴いてきた。この組み合わせはここのところ年一で実現しており、感慨を凝縮してくれている。この日の臨戦態勢をお知らせすると、田中はピアノとピアニカの二刀流、岡本はギター・デュオ以外では珍しいエレアコ、米木は勿論ナマ音である。このトリオの面白さは、是非は別として田中と岡本が米木に対して人一倍敬意を払っているため、演者でありながら客のようでもあるところだ。米木がいつもより二歩前という危険な位置なので、ナマ音が田中と岡本を幾重にも包囲するかのようであり、それが札幌レジェンドの意気込みを押し上げていたことを伝えておく。演奏曲は「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、「ヒア・ザット・レイニー・デイ」、「ケアフル」、「ベイジャ・フロー」、名曲「ヴェガ」「ウイッチ・クラフト」等。なお、アンコールはフェリーニの道から「ジェルソミーナ」、ピアニカの音色が人間の無垢に届いていたのではないか。
2019.4.11 荒武裕一郎(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 荒武はこの一年余りでかなり当地での知名度を上げて来た。初登場となった昨年の冬の終わりに本文冒頭のごとく吹雪による飛行機の遅延で、その日は1ステのみに終わった。歯切れのよいタッチと本田竹廣さん直系のブルース感覚はこのピアニストの個性を印象付けるに十分なものであった。本人は今でも“申し訳ない”と思っているが、不可抗力を跳ね返した鮮烈な演奏が荒武のLBデビューであった。今日の演奏曲は荒武精神が全開の「ユー・アー・マイ・エブリシング」、「ラブ・ユー・マッドリー」、「アイ・フォーリン・ラブ・トゥ・イージリー」、「シー・ロード」、「ビューティフル・ラブ」、「オール・ブルース」、「閉伊川」、「イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー」等である。ここでは多くを触れないが、毎回演奏している自作の「閉伊川」は、周年記念ならではの日々編成の流れが変わる展開となって、このトリオが明日の豪華絢爛カルテットへと繋がっていくことになるのである。
2019.4.12-13 池田篤(as)荒武裕一郎(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
池田についてはこれまで何度もレポートしてきた。30年くらい前から聴いてきた意識の連続性は、大体同じことを書かせてしまうのだが、かろうじて差異を持たせてくれるのは、今回はやらなかった「フレイム・オブ・ピース」が演奏された6、7年前ぐらいを境に、それまでにないものが付加されていると思い始めたことが大きい。感動に質的変化があったと言ってもいい。それは池田と楽器との同一性から生まれる音であって、純粋に彼が今日を制している音のことだ。池田が病を克服して来たことと彼の演奏を過剰に結びつけることを本音ではしたくないと思っているし、そういう聴き方は邪道だとする指摘もがあるかも知れない。しかし、感傷的と言われようが何と言われようが、いま池田の演奏にはサイドメンの他に彼の人生の内側が伴奏していると思うと、込み上げてくる特別な感情を排除することはできない。知られているとおり、この第一人者は若い時から圧倒的なプレイを展開してきたし、その価値は決して朽ちるものではないが、筆者はここ数年の中で池田最大の聴きどころ見つけたと思っている。と同時に身を削るように吹き出す池田を案じてもいる。ところで、長らく池田を聴いてきたことは既に述べたが、これは年数自慢の話ではなく初聴きの人にとっても池田クラスになると、十分胸を打たれるだろうことには語気を強めておきたい。少々思いが入り過ぎて来たので、ちょっと会場を覗いて見るとしようか。満席にぶつけて来たのはH・モブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」、バップ系の曲に熱を通すのはお手のもの、いきなり汗がほとばしる快演でスタートした。バラード「アローン・トゥギャザー」と「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」、は池田にとって最高の仕上がりかどうかは分からないが、しなやかな弱音は最高に染み入る演奏であった。池田作の「ブレッド&スープ」、序盤はほのぼのとしているが、段々と火加減が強められて、パンもスープも一級の味で提供された。本田さんの「シー・ロード」は四者の一体感が大気圏に再突入するアポロn号が受けた引力のように我々を引き込む歓喜の調べ。次の「ブルース・オブ・ララバイ」は多分池田の曲と思われるが、濃い口のスロー・ブルースが場内に充満していく。「エヴィデンス」の逸話として、かなり前に北海道ツアーした時にセシル・モンロー(ds)がこの曲を知らず、しかし一瞬のタイミングも外さずやりきったという思い出が紹介された。この日のもその一瞬のタイミングの完全試合。そして荒武トリオ欄で予告した「閉伊川」。実は、前乗りで来ていた池田が前日のトリオ演奏の後半に顔を見せた時、偶然、今回初共演する荒武の「閉伊川」を耳にしたことが切っ掛けで、カルテットで演奏することになった。池田の音色によって岩手県宮古市を流れる閉伊川は、一地域の流れに留まらぬ深みを得たように思う。両日ともトリを取った曲は、辛島さんに捧げた「ヒズ・ウェイ・オブ・ライフ」。混然一体の中を疾走する池田が、俗人の雑念を一掃してくれた。熱い演奏、スリル満点の演奏、創造性溢れる演奏、どれも当たっている。アンコールは初日が「イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー」、翌日は「インナ・センチメンタル・ムード」。池田のバラードは文句なしに素晴らしい。けれども音の出るレポートを書けないのは文句なしに悔しい。
 終演後、抜群のコンビネーションを見せつけたこのメンバーによるライブは、ここ以外では実現しないだろうと、その貴重さに思いを馳せていると、視線のあった池田がニコッとしてくれた。にもかかわらず筆者は池田にではなくカウンターに向かって“お愛想”をしてしまった。
(M・Flanagan)

2019.3.28 八木に弾かれて 

八木隆幸(p)秋田祐二(b)伊藤宏樹(ds)
 北海道でのライブは初めてだという八木隆幸氏。この大学准教授のような名前を知らなかった。足を運ばせたのは、その日が金曜日という偶然に過ぎない。まずは、演奏曲を紹介しよう。「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」、F・ハバードのワルツ「アップ・ジャンプド・スピン」、「ハヴ・ユー・メット・ミス・ジョーンズ」、「ピース」、W・ビショップ・JRの飼い猫の名から自作「サッシャ&JJ」、「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」、「ストールン・モーメント」、D・ピアソン「ジーニーン」、「ファースト・ソング」、自作「ヴュー・フロム・ニュー・アーク」、ジョーヘン「セレニイティー」、「キャラバン」、R・ウェストン「リトル・ナイル」。スタンダードや人気曲が多く盛られており、最後まで淀むことなく進行した。この人の特徴は何といっても歯切れの良さとアクセントの付け方が巧みなことだ。このことが端正さを失うことなくダイナミックにスイングさせることを可能にしているのだろうと感じた。今回は臨時編成のトリオなこともあって大きな展開を狙ってはいなかったように思われるが、その分だけ散漫になるのが回避され、どちらかと言えばスタジオで録音しているのをその場で聴いているようなライブだった。演奏の合間々々の語りによれば、自身の原点をビ・バップに置いていることやN・Y時代はこの日の演奏でも採り上げたW・ビショップJRに師事していたこと等を披瀝していた。こうした断片的情報と演奏が繋がり始めると、この人の目指してきた演奏家像が少しずつ視えてきた。八木は演奏をキッチリ仕上げることに細心の注意を払うタイプなので、聴く者の耳に納まりが良く、こういう正統派の演奏家にはきっと根強いファンがついているに違いないとも思った。
 終演後、八木とささやかな共通話題があることが判明し、その勢いで昨年リリースしたCD『New・Departure』を手にする羽目になった。そのCDは、“Out Of The Blue”のラルフ・ボーエンら2管と強力なリズム陣を配したクインテット編成のもので、聴いてみた八木の印象は本日と同様にバップ精神を今日的な色彩に塗り替える姿勢が明快に伝わって来た。アルバム全体もスリリングで分厚い演奏が楽しめる会心作であると推奨しておく。なお、かつて“山羊にひかれて”というカルメン・マキの歌があった。今回初めて“八木に弾かれて”の機会を得たが、次回があるか否かは誰も知る“メェー”。
(M・Flanagan)