2017.9.8 LUNAのあきない

LUNA (Vo) with 菅原昇二(tb)南山雅樹(p)竹村一哲(ds)
 レイジー・バードと曖昧な専属契約を結んでいるLUNA9年目の定期公演である。彼女はこれまで、ジャズからロックまで野心的なライブを提供してきたが、今日は早々に出し物が南米中心と宣言してスタートした。
筆者は南米音楽に明るくなく、超有名曲以外は殆ど知らない。知っている曲を予定どおり楽しんで帰るというのはライブの大切な要素であるが、ミュージシャンが何を伝えようとし、聴衆には何が伝わって来るのかという尺度において楽しむことにライブ本来の醍醐味を見出そうではないか。緊張感と緩んだ感じと自分自身が上手く繋がれば、来て良かったということになるだろう。けれどもそこには個人的な難関が横たわっていた。ボーカルである。気に懸けてきたのは表現力に関する問題ではなく外国の言語の問題である。ボーカル人は、曲を紹介する下りから歌詞をよくよく読解する大変な基礎作業を行っているものと推測できるが、筆者は歌詞を意味としてよりも楽器的肉声として受け入れることにより、どのような言語の歌詞にも抵抗感がなくなっていった。これには、一つヒントになることがあった。米国生まれの香港系中国人でカンフー映画の英雄=ブルース・リーがあるインタビューでこんなことを言っていた。“あなたのアイデンティティーは米国人かそれとも中国人か”という問いかけに対し、“私はhuman beingでありたい”と答えていた。このことと言語問題を短絡的に結ぶことはできないが、気分のうえでは世界中の言語や風土の壁を低くすることができたようなのだ。今回の南米は英語より更に馴染みのないポルトガル語やスペイン語であるが、LUNAの情感たっぷりな歌唱によって、何度か胸に刺さりつつ一気に聴き進むことができたのだった。それでは、多くの知らない曲を紹介する。蝉のささやきという意味の「オ・ソープロ・ダ・シガーハ」、ブラジルの枯葉こと「フォーリャス・セカス」、9月だからという理由で採り上げられた「セプテンバー・ソング」、余りにも暗すぎる「オホーツク・ブルー」、軍事政権下のブラジル政府と庶民を比喩した「酔っ払いと綱渡り芸人」、一転して前向きな「ザッツ・オール」、その身を海に投じた女流詩人を歌ったフォルクローレ「アルフォンシーナと海」、切々と歌い上げる「ダニー・ボーイ」、ショーターのネイティブ・ダンサーでも聴かれるナシメントの「砂の岬」など、アンコールはLUNAの1丁目1番地「諸行無常」。まぁ、最近品数の多いLUNAの商いと聴衆の飽きないがシンクロしていたとでも纏めておこう。
ここで臨時ニュースが一つ。年末にLUNAと大物との共演が計画されているという噂を耳にした。JアラートはLUNAの新たな飛び道具を検知中。
(M・Flanagan)

2017.8.18  纐纈に入らずんばモンクを得ず

纐纈雅代(as)米木康志(b)竹村一哲(ds)
纐纈を聴くのは初めてである。音楽において第一印象は結構重要だ。記憶に残る入り口になり得るからである。今日では女性の管奏者が珍しくはなくなったが、そういう潮流に属する評判の一人という以上には予備知識がなかったため、演奏が始まると音色と作り方がオーネット・コールマン風で意外だった。同時にこれが彼女を特徴づけているのだろうと察した。このトリオは、オーネットの名高い“ゴールデン・サークル”と編成が同じなため不思議な偶然を感じてもいた。今どきオーネットがどれくらい聴かれているのか全く想像がつかないので、だれ?それ?と言う人のために、我流解説をすると“中心に向かって逸脱するクリエイター”、といったところである。また、別の面でこのライブを特徴づけたのは、さながらモンク特集の様相を呈していたことである。漏れ聞いたところによると、纐纈は最近になって天の啓示があったらしくモンクが舞い降りて来たのだそうだ。ライブでのモンク曲は定番のようなものだが、「レッツ・コール・ジス」、「スキッピー」、「テオ」、「ハッケンサック」、「ジャッキーイング」、「アグリー・ビューティー」、「クリスクロス」、ここまで盛られるのは異例だと言える。オーネットの「ディー・ディー」は別扱いとして、脇役に回った感のある「ラバー・マン」、「ソフィティケイテッド・レイディー」そしてアンコールの「セント・トーマス」ではあるが主役を脅かす出来栄えになっていた。今の纐纈を理解するためにはオーネット通りとモンク通りの交差点付近に立っている必要があるのだろうが、若干その手前で聴いてしまったのが悔やまれる。従って、筆者はこのライブから最大級の満足を得たとは思わないが、際立つ個性によって纐纈の記憶化には成功したと感じている。これが彼女の経歴その他を全く知らない者としての第一印象である。標題はモンクなしには纐纈を語れないということと、危険を冒さなれば巨人モンクの魂を手に入れられないという意味を込めたジャスト・ア・ジ語呂合わせだ。
折角なので。前日のライブについて一言寄せたい。メンバーは田中朋子(p)岡本広(g)米木康志(b)竹村一哲(ds)だ。数あるLBライブの頂点に君臨する伝説のクインテット(臼庭、C・モンロー、津村、米木、田中)については何度か触れてきた。前の三人はもう生で聴くことができない。そのクインテットが演奏した「ベラクルーズ」を田中は選び、追悼のオリジナル曲「レクイエム」を演奏した。伝説のクインテットによる不朽の名演は今なお生き続けている。目頭が熱なった。
(M・Flanagan)

2017.7.28-29 臼庭 潤メモリアル・ライブ

後藤篤(tb)和泉聡志(g)本山禎朗(p)秋田祐二(b)田森正行(ds)
回を重ねて来た臼庭潤メモリアル・ライブは、毎年、臼庭と縁のあるミュージシャンによって彼の愛奏曲やオリジナル曲が演奏されてきた。今回は、臼庭の到達点の一つであるjazz-rootsに関わった和泉と後藤が加わっている。臼庭はこのjazz-rootsに行き着くまでに長らく“jazzとは”“黒人音楽とは”そして“それを演奏する自分とは”と自問し続け、その帰結としてこのグループを率いることになった。正直に言うと、筆者は臼庭がLBで繰り広げた比較的スタンダードな選曲を交えたライブの支持者ではあっても、jazz-rootsについてはそれほど熱心ではなかった。そこで、今年のメモリアル・ライブに先立って、アルバム化されている「Jazz-Roots」と「Jazz-Roots Live!」の2枚を聴いて見ることにした。準備するのは、我々が勝手に思い込んでいるオーソドックスなジャズなるものを意識の中から取り除くことだけだった。すると、クルセイダーズ・ライクなサウンドが賑やかな一方で、演奏は例の臼庭らしい臼庭が“うっ素晴らしい”のだ(恥笑)。筆者はJazz-Rootsを大分誤解していたかもしれないと思った。臼庭は常々「楽しくやることだよ」と言って自己説明していたが、A・ヒッチコックの言葉“映画とは退屈な部分を取り除いた人生である”に近づけて言うと、臼庭の「楽しく」には音楽の退屈に対する徹底した異議申し立てが含まれていたのではないかと思えてならなくなった。臼庭自身、聴衆に対しては彼の「楽しい」一面を示すことを以て良しとしていたに違いないとしてもである。
ライブの話に切り替えよう。今回は泉と後藤が参戦しているので、当然ながらJazz-Rootsのサウンドが意識されたものであった。後藤のトロンボーンは、予想外にぶっとい音で小細工無用の大らかに突き抜ける歌いっぷりは聴き応え十分、初めて聴いたがいい値札がつきそうだ。臼庭はよく「難しいことやる必要ないよ」と言っていたが、後藤は「臼庭さん難しいことやるんですよ」と言っていたのが面白い(又は「尾も白い」)裏話だ。20才くらいの時に臼庭から声がかかったという現在30代後半の和泉は、LBでその実力は証明済みだが、咄嗟に選択されるソロ・フレーズの緊張感、効果音やバッキング、カッティングのタイミングと切れ味は抜群で気持ち良いぐらいサウンドを豊にしていた。人呼んで8系のスペシャリスト田森は本人も認めるように嬉々として演奏しており、彼の本領が如何なく発揮されていたのだった。最近、多様なビートをモノにしている本山の気後れしない奮闘ぶりも大変好ましい。そして、晩年の臼庭と共演した盟友秋田だが、この日のグルーブ感は神(又は「カニ」)がかり的で、これは間違いなく臼庭メモリアルが引き出したものと断言しておく。
選曲はもちろん臼庭に因んだものだ。「アンチ・カリプソ」はLBでのレコーディングCD「LIVE AT LAZYBIRD」にも収められている。元々はE・ジョーンズの余り目立たないアルバムにある曲で、エルビン以外では臼庭がこの曲を普及させた立役者という説もある。モンクの「ベムシャ・スイング」と本田さんの「スーパー・サファリ」を臼庭が選曲した記憶はないが、他曲の中で天才的に引用していたのは鮮明に覚えている。田中朋子さん作の追悼曲「レクイエム」は、やり場のない時に聴くと泣けてしまう決定版。それからヒッチコックの“知り過ぎていた男”から「ケセラセラ」、イタリア映画の同名主題曲「ひまわり」が提供された。いよいよ臼庭の座右の曲S・ロリンズの「ペニー・セイブド」とクルセイダースの「ハード・タイムス」で大きなひと山が作られた後、様々な音楽を吸収していた臼庭の引き出しからブラジルものの「ベラクルース」、「ナナ」がふた山目となって、我々は臼庭山脈を視野に捉えることができたのだ。両日ともアンコールは臼庭の作品でJazz-Rootsのエッセンスが凝縮した「アーバン・ナイツ(Urban・knights)」で締めくくられた。時折、筆者の脳裏から飛び出した臼庭はこのメンバーの中央付近で「楽しそうに」サックスを吹いていた。
かつて臼庭とLBマスターと筆者は、果てしない駄洒落トライアード・ラリーを繰り広げたが、あの日のギャグ・ルーツは未だに根腐れを起こしていない。(続く)
(M・Flanagan)

2017.7.7 池田「いる」の証明

池田篤(as)壼坂健登(p)若井俊也(b)伊藤宏樹(ds)
 冒頭から脱線してみよう。最近、金銭の授受が「あったか・なかったか」という政治ネタで『悪魔の証明』なる言葉を耳にすることがあるのではないだろうか。これは「ない」ことを証明する難関の話だ。それを拝借すると、我が国に世界的なアルト・プレイヤーが「いない」ことを証明しようとすると、全国のアルト・プレイヤーをつぶさに聴いて回らねばならず、証明は不可能になってしまう。一方、世界的アルト・プレイヤーが「いる」ことを証明するのは余りに容易だ。池田を連れてくれば証明を果たしたことになるからだ。ひと月ほど前に池田の25年くらい前の演奏を聴いてみたが、そこには既に確立された池田が「いた」。従って時を遡っても「いない」ことを証明する必要はなく、全国行脚の難を逃れることができた。
 それはさて置き、池田はレポートしづらい演奏家の一人である。ソロからビッグバンドまで広範な活動を行き来していて、特に、五十代になってからは圧巻のパフォーマンスを繰り広げていると言い切ってしまうと、それから先に進めそうになくなるからだ。つまり、池田クラスになると凄さレベルの再確認という聴き方で静止してしまいそうになるのだが、池田自身には静止せざる時の無常さが襲い掛かっていた。前回(昨年12月)と今回のライブの間に、あの辛島文雄さんが生涯を閉じたのだ。このライブにおいて池田は、辛島さんに捧げるオリジナル数曲を演奏した。Jazz人生賛歌「イッツ・ウェイ・オブ・ライフ」、亡くなる10日前が最後の共演になったという追憶の「ラスト・セット」。池田のコメントがなければ、含みを持たない1曲ずつという聴き方になったかも知れない。だが、いや応なく捧げられた1曲ずつとして聴くことになった。生前に辛島さんから“難曲なので演るなら自分のバンドで演ってくれ”と言われたらしい「スパイシ-・アイランド」は渾身のレクイエムとして我々の耳に焼き付けておくべき演奏であった。ライブが甚だ深刻な雰囲気だったように思われるだろうが、これは筆者の“印象操作”であって、実際は今日のジャズ・シーンの最前線を走りゆく『池田「いる」の証明』ライブだったのだ。計画中のLB殿堂入りミュージシャンに池田を外すわけにはいくまい。
 メンバーのことに少し触れてみよう。初めて聴くピアノの壼坂は、若干22歳の若者とのことであるが、相当弾きこんでいる腕前である。しかし、それよりも、バンドの中にピアノを乗せていく役割意識を楽しんでいる様子が伝わって来たのが嬉しく、可能性を秘めた逸材。ベースの若井はLBで大関の地位にスピード出世したことは周知のとおりであるが、回を重ねるごとに“大関の名に恥じぬ”演奏が頼もしい。地元24区選出の伊藤はこのメンバーに熱くならない訳には行かない。ある曲でドラムソロが収まらなくなる一幕があり、演奏展開に暗雲が立ち込めた時、池田がそっと絡み始めてこの両者による繋ぎの流れに持ち込まれたのはハプニングではあったが、これも“ライブだけの特権”だ。
 冒頭の『悪魔の証明』に戻るが、LBに悪魔が「いる」か「いないか」を問われれば、「いる」派の圧勝に違いない。一体誰のことだろうか?自分のことかもと慌てる人物を安心させるために、それはJAZZという人格を持った音楽であると纏めておこう。
(M・Flanagan)

2017.6.23-24 なるぴあの~ 大石染みる初夏の夜に・・・

2017.6.23-24 なるぴあの~ 大石染みる初夏の夜に・・・
大石 学(p) 米木康志(b) 
 この二人は継続的に共演を重ねているので、傑出した緊密感と安定感が維持されていることは周知のことだ。欲張りな我々は更にプラス・アルファをねだりに来た。2年前はトリオだったが、今回はデュオに凝縮されている。ここには良否で片付けられない際どい一線が引かれている。ドラムスが入るとサウンドの広がりを得ることができる一方、神の見えざる手にかかってピアノとベースの自由度に制限が掛けられてしまうのだ。だからこの2日間のチケットは、ひとまずデュオという自由席を取ったことになる。
 何度か聴いていて思う。大石はどういうピアニストに思われているのだろうか?と。この問いは、抒情的とか耽美的とかという意味合いとは別に、彼が誰にも似ていない独自のピアニズムを持ち合わせていると感ずるところから出て来ている。オリジナル曲についても同様で“これが大石の世界”と、彼の感性を伝える曲想で貫かれていて揺るぎない。答えは分からないが、元々ブルース・ソウルその他色々やっていて、そのノリを一旦中和させるために後追いでクラッシックを取り入れる勝負に出たという特異なプロセスが少なからず今日の基礎をなしていると想像できる。だが、こんなことを考えなくても、ライブはそれ自体として楽しめるのであり、十分楽しむことが出来たのだった。多くの曲は、静謐なピアノのイントロから始まるが、一旦ベースが絡み始めるともう止めようがない。例によってピアノの音は抜群の切れ味で、仕掛け満載のフレーズが湧き出してきて退屈している暇はない。片や米木さんはZEKのツアーを東京で終え、連日の仕事の最後に本田竹廣さんを偲ぶライブ(峰厚介、板橋文夫、本田珠也、守屋美由貴)に参加、その翌日がLB2Daysという過密日程のただ中にいたそうであるが、太く新鮮な生音に疲労感など全くない。そればかりか、阿吽の呼吸だけで済まそうとしない演奏姿勢に驚異を感ずる。これは米木さんに一線級からのオファーが絶えない理由でもある。軽口をたたけば、ベースがなければ試合にならないのは野球ばかりではないということだ。結局、我々は大石・米木デュオという最高の自由席に座ることが出来たが、普段味わえないものを味わったという意味で、料理人が足を運ぶ料理屋に招かれたような最高に贅沢な気分になったのだった。演奏曲は、「ワルツ」、「ウイズ」、「ラウンド・ミッドナイト」、「雨音」、「ワンダー・ワールド」、「エブリシング・アイ・ラブ」、「ボニー・ブルー」、「アリス・イン・ワンダーランド」、「アイ・ソート・アバウト・ユー」、「アイム・ユアーズ」、「アット・レスト」、「E・S(エリック・サティ)」、「クワイアット・ラバーズ」、「インディアン・サマー」、「ヨペク&アマシア」、「空」、「シリウス」、「アローン・トゥゲザー」など、そして2日目のアンコールは何度聴いても感動を呼ぶ大石の名曲「ピース」で締めくくられた。
多くのライブハウスにとってピアノは必需楽器になっている。ここLBにおいても同様である。この1台には何人ものピアノ奏者がその響きを残してきた。随分前のことになるが、大石のライブ終了後に、「このピアノがこんなに鳴るとは思わなかった」旨を本人に伝えたところ、「もっと鳴らせるよ」という言葉が返って来た。この時の会話を思い出しながら、古典に全く素養のない筆者の思いつきによる大石の枕詞が「なるぴあの~」だ。深み欠く~!!
(M・Flanagan)

2017.6.9  毎度の“私記・即・絶句” 

清水くるみ(p)米木康志(b)本田珠也(ds)
 ZEKのライブは4度目くらいになるだろうか?過去のレポート(私記)はHPブレーク・ダウン事件により今は確かめようがない。しかし、ZEKを“絶句”と置き換えるのは世間で多用されていて照れくさいが、毎度の演奏クオリティーに免じて見逃してもらおう。ZEKは、もちろん再現バンドである筈はなく、完全に自立した演奏集団として活動しているが、このあたりの経緯に興味があれば、結成10年を機にリリースされたCD『ZEK !』のメンバーによる解説を一読することをお勧めする。『何故、ツェッペリンなのか?』という国民的疑問にも解が示されている。
 今回の2Days、残念ながらショパンの事情で初日しか聴くことができなかった。しかし、この一夜に限っても特徴的だったのは、三人の中で唯一人、生ツェッペリンを観ているにも拘らず、その時の演奏を記憶に留めていない米木さんが以前と比較して大きくフィーチャーされていたことだ。3年くらい前からエレベがしっくり来るようになったという米木さんのベースは、言うなれば“構えの大きさ”が際立っており、並外れたグルーブを仕組んでいたと言ってよい。くるみさんからは横揺れ動作と共に奔放さが引き出され、珠也が高笑いの肉声を発っする。こういう時の心理状態がどのようなものか個別に確認してみたくなるわい(笑)。ZEKの聴きどころは、演奏曲によって異なるが大まかに言って最初は探り合いが続くので調和より緊張感の方が優先され、そして何時しか三者の待ち合わせ場所が定まる、後は各自が一体的にメートルを上げながら絶頂過程に突入して行くところである。これを受け入れた瞬間こそ、我ら会場がZEKを共有した瞬間である。聴き応えのあるJAZZとはそういうものだ。演奏曲は、「フレンズ」、「ユー・シュック・ミー」、「フール・イン・ザ・レイン」、「ホワット・イズ・アンド・ホット・シュッド・ネバー・ビー」、「オーバー・ザヒル・アンド・ファー・アウエイ」、「カシミール」、「イミグラント・ソング」、「ロックン・ロール」。特に最後の3曲の一気の流れには、熱狂的に震えた。
 かねがね、本レポートの読者はせいぜい10人くらいと想定しているので、行儀悪いが周辺余話を記しておきたい。それは、2年ぶりにバンクーバーから来札したにも関わらず旅程の都合でZEKを聴き逃したMARKの不運、そしてLBに縁のあるG郎、S名、H瀬ら永遠に微妙な「フレンズ」と再会できた幸運である。
(M・Flanagan)

2017.5.12-13  JAZZ緩みなきもの

本田珠也(ds)守谷美由貴(as)須川崇志(b)石田衛(p)
本田珠也はわが国屈指の多忙なMusicianである。その彼はLBの年間計画に欠かせない演奏家として毎年ブッキングされており、それだけも讃辞に値すると思っている。例年は重鎮との共演を堪能させて貰っているが、今回は世代を下げた気鋭の布陣であることが興味をそそる。と、知った風なことを言ったものの、筆者はこのバンドについて詳しくない。ネットで予備情報を仕入れる手もあるが、即席の手掛かりは返って邪魔な縛りになるので、情報過疎の方がいいと決め込んでいる。そんな訳で、この度、守谷と須川を初めて聴く。それは、ちょっとした異変の始まりでもあった。守屋は華奢な(失礼)感じの外見とは裏腹に、数曲提供された自身の曲想は骨太である。演奏もそれに同調するかのように奔放で思い切りの良さがあり、バラードでの歌わせ方も自らのものだ。ここで筆者の予断でもある今どき流行りの女流サックスという思い込みは崩壊、気付くのが遅れれば人類の半分を敵に回すところであった。外見に限れば須川もやっと外泊許可を得た入院患者のような細身であるが、音の芯は屈することの無い硬質さがあり、又、技巧の超絶さも兼ね備えていて、ジャズ本流のみならず実験的音楽も消化済といった聴きどころ満載のベーシストだ。ピアノの石田は一度聴いて辣腕ぶりが耳に残っているが、今回も華麗に引き締まったソロに加え、スキのない絶妙のバッキンングは聴き逃すべからずであった。こうした個性の群れを率いているのが珠也である。群れと言っても、彼は野生の動物集団のリーダーと違って、強権的に仕切ることをしない。本田珠也の音楽は、約束事を最小限に留めながら、その場で最大限の音楽創りを決行するところに真髄がある。この音楽には、標準拍子であろうが変拍子であろうがあまり関係ない。父・竹廣氏が残したメッセージ、「地に響くように!」=DOWN・TO・EARTHがあるのみなのだ。今回、珠也のドラムソロから感じたことを付け加えたい。それは、音が音から脱出して生き物のように動いていた、ということである。
演奏曲は、「ハーベスト・ムーン*」、守屋のイニシャルと思われる「M’s ジレンマ*」、「リップリング」(竹廣氏)、「タック・ボックス*」、「クール・アイズ」(竹廣氏)、「ノー・モア・ブルース」(ACJ)、「ワンス・アッポンナ・タイム*」、「スフィンクス」(O・コールマン)、「ブルー・プラン」(峰さん)、「ラブ・アンド・マリッジ」(j・v・ヒューゼン)、「ディープ・リバー」(ゴスペル)、「レッド・カーペット」(A・ペッパー)、「ファースト・アウェイ*」、かつて臼庭と死ぬほど練習したという「ソング・オブ・ザ・ジェット」(ACJ)、珠也の祖父が作曲し、感動極まる演奏となった「宮古高校校歌」など。(*印は守屋のオリジナル)
5月ライブ・スケジュールに、『本田珠也の一番やりたいグループ、“一切の緩みなし”』とコメントが付されていたことと、2日とも演奏されたのはオーネット・コールマンの曲だったことを足して2で割った結果、標題を「JAZZ緩みなきもの」とさせて頂いた。
札幌で一番キレイな店(珠也の弁)で再び、DOWN・TO・EARTHを聴く日が楽しみだ。
(M・Flanagan)

2017.3.31-4.1  Another Standards

若井俊也(b)赤坂拓也(p)西村匠平(ds)
LBの直近blogは「四月は残酷な月だ」というTSエリオットの詩集「荒地」の引用から書き始められている。4月とは3月のリバウンドが襲う放心の月という主旨である。偶然にも今回のライブは3月と4月をまたぐ日程となっていた。若井に限るとここ数年来聴く機会に恵まれており、その可能性に強く惹かれているが、赤坂と西村そしてこのトリオは初めてだ。
何の予備情報もなく聴き始めることになった。最初は確かC・ポーターの曲だったと思うが、瞬時に感じたのはバランスの良さだ。これは彼らが等しく昭和の終期に誕生しているという同世代的共鳴によるものではない。三者対等のインタープレイを追求する意識が明確に内在化されているからだ。聞くところによると、彼らは必ず後日反省会を行っているという。ピアノ・トリオの自己検証を重要な音楽活動としているのだ。語れば理屈っぽくなるが、そうした真摯な姿勢がサウンドに転化されていることが確かめられる。彼らは腕の立つ連中であるが、引き出しの多様さに依拠せず、むしろ感性の赴くままに演奏する方向に進むことを狙っているのではないかと思う。そこにしか無いグルーブ感を筆者は受け取ることができた。演奏曲は、「サマー・ナイト」「ハウ・マイ・ハート・シングス」「ローンズ」「コルコバード」「エブリシング・マスト・チェンジ」「アイ・ミーン・ユー」「ベリー・アーリー」「リトル・サンフラワー」「オレンジ・ワズ・ザ・カラー・オブ・ハー・ドレス」「ジス・ワンズ・フォー・バド」「フォーカス・セカス」など。ピアノが唸り声を出さないという意味で、“Another Standards”と云っておく。
結局、“残酷さ”は後退し、ご機嫌な“I remember April”をゲット。4月1日、嘘はない。
(M・Flanagan)
あああ

2017.3.10-11  LUNA 特許申請のラウドな行方

2017.3.10-11  LUNA 特許申請のラウドな行方
LUNA (Vo)with 一哲Loud3竹村一哲(ds)碓井佑治(g)秋田祐二(b)
 2016年7月、店主自ら業界の掟破りなROCK・LIVEを企てたところ、これが思わぬ反響を巻き起こしたのだった。この現象は潜在的にロック・ファンの多さを物語るものではあるが、実際はローカル・ニュースでLUNAのロック乱入事件として話題を集めたことによる。そしてこの一件が、世間の好奇心を誘うとともに特許申請という前代未聞の展開につながって行くのだ。今回のライブ2日間は、『ジャズの店』レイジーバード開店12周年記念のファイナルであり、なお且つ、特許申請の第2次審査と位置づけられている。
 では、2夜まとめて審査会場へ、いざ。長いギター・ソロから静かにベースが絡み、“いったい何やるんだ?とその時、“ガ・ガ・ガ・ガッ”に対し“ウォー” 名曲中の名曲「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」、初めて聴いたブロンディーのメロディアスな「マリア」、これを待っていたのだ「ホンキー・トンク・ウイメン」(2日目はtp山田丈造が飛び入り)、ジャニスのブッちぎり3連発「ムーブ・オーバー」、「クライ・ベイビー」、「メルセデス・ベンツ」、ZEP「ホール・ロッタ・ラブ」、「シンス・アイブ・ビーン・ラビン・ユー」、ジミヘンもの「リトル・ウィング」、「ファイアー」、B・ディランの枯れゆく人生エレジー「フォエバー・ヤング」、そこからヤング・ジェネレーションへの劇的な再生を賭けた「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」、この辺でLUNAはエネルギーの大量消費に耐えられず充電バラードを挿入、「オール・バイ・マイセルフ」(エリック・カルメン)と「オープン・アームス」(ジャーニー)。そしてダブル天国の1曲目はLUNAの師範級リコーダ゙入り「ステア・ウェイ・トゥ・ヘブン」、2曲目は「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」、日本語の良さが際立つ「イッツ・ノット・ア・スポットライト」、「朝日のあたる家」、もう2、3曲あったかも知れない。特許申請に対する審査基準は(1)ミュジシャンの暴発度、(2)客席の騒乱度、僅か二つのラウ度である。(1)については前回を上回るものであったとの認識で一致。(2)については信頼筋ではないが、“イェー回数”100回超が過半数割れしたとの報告が寄せられている。審査員からはこの克服が指摘されたそうだが、願わくば筆者の喉のガラガラを行間から聞きとって欲しい。なお、選曲に当たって、一部のファンが密かに事前にリクエストするといったインサイダー取引が横行したらしいので、ROCK的透明性を強く求める声もあったようである。
 今回のライブには、我らが臼庭潤の幼馴染みである岩本氏が横浜から駆けつけておられた。2日にわたって場内の火に油を注いだのは、“どんぐりの竹輪パン”を爆食いした彼の功績によるところ大であることを付け加えておきたい。この9月LUNAは副業のジャズで道内ツアーを行うらしい。そんなことよりROCK最終審査のラウドな日を早く決めてくれぇぃ!
(M・Flanagan)

2017.3.2 12周年キム・ハクエイ北海道トリオ

キム・ハクエイ(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
ここ10年ほどは、雑誌はもとよりCDも滅多に購入していない。例外的にライブだけは楽もうと言ったところなので、時折、ミュージシャンが行商的に持ち込んだCDを弾みで買うことがある程度だ。こうした事情もあってキム・ハクエイの音を初めて聴いたのは、筆者の情報源であるLBライブにおいてであり、昨年2月のことだった。その印象は“不思議な新鮮さ”だったのを思い出す。それは、これまで聴いたことのない音があったという意味合いである。これにくすぐられると再び聴いてみようかという気になってしまうのが善良なる悪い癖である。この日の演奏曲(*印はハクエイ作品)は、「ジョーンズ嬢に会ったかい」、「*コールド・エンジン」、「オールサ・ザ・シングス・ユー・アー」、「ブルー・イン・グリーン~ソーラー」、「*ニュー・タウン」、「*デレイド・ソリューション」、「*ホワイト・フォレスト」など。ハクエイのオリジナルに特徴的なのは独自のエキゾチズムが横溢していることだ。“不思議な新鮮さ”と先述したのはこのことを指している。不遇の鬼才レニー・トリスターノを思わせる地を這うような長いフレーズも神秘性を漂わす効果を高めている。かつて未知との遭遇という映画があったが、そのJAZZ版を欲している人には個性豊かなキム・ハクエイがお薦めだ。12周年の初日を終えて、彼のピアノをより多くの人に聴いて貰うためにも、この先もライブの機会があることを願う。因みに、北海道トリオとは三人とも北海道育ちという事実に基づいている。
2017.3.3 12周年鈴木央紹With北海道トリオ
鈴木央紹(ts)キム・ハクエイ(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
2日目は大物が一枚加わったカルテット編成。その鈴木は11周年にも客演しているほかLBでは(ということは我が国の音楽シーンでは)上席Musicianに君臨している。例によって鈴木は平然と演奏している。この光景に騙されないためには、目を閉じて聴く必要がある。すると素通りできない難所が連続していることが分かってくる。これが世にいう鈴木の高度進行というヤツだ。余談になるが、ピアノのハンク・ジョーンズが頭の中に譜面2千曲ぐらいが入っていると言っていたが、鈴木は歌謡曲を含めると1万曲くらいは知っているとあっさり風に豪語していた。真偽の程はともかく、殆ど耳がデータ・ベース化していて、本当かも知れないと思わせるところがこの人物の恐ろしいところだ。鈴木とハクエイは共演歴があるらしいので、互いの演奏の筋は読めていると思われるが、実際聴いてみると過去の延長というよりは現時点の真向う勝負となっており、ライブ=正に生きた音楽の醍醐味を感ずる。演奏曲は、前日演奏したハクエイのオリジナルから数曲ピック・アップ、唯一曲名が紹介された懐かしいC・ロイドの「フォレスト・フラワー」、イントロから長いアドリブが繰り広げられ最後にテーマが顔を覗かせる「アイ・ディドゥント・ノー・ホワット・タイム・イット・ワズ」、極上のバーラード「アイ・ソート・アバウト・ユー」、一番の聴きどころとなった鈴木の演奏力が全開する最終曲(曲名を思い出せない!)等々。そしてアンコールはLBで「いも美も心も」と翻訳されている名曲「Body&Soul」。
今年の記念ライブでLBは「12」を単位の基礎とする鉛筆のように一区切りをつけた。芯の先がますます尖鋭になっていくことを期待して止まない。
(M・Flanagan)