2020 .9.21-22 This is 高級数の子

大口純一郎(p)米木康志(b)
忘れられないライヴはそれなりの数に昇るものだ。10年近く前だっただろう、コルトレーンやエリントンの曲を並べた両者の丁々発止は忘れがたい。以後、大口さんの演奏には極力足を運んできた。大口さんがブラジル音楽に造詣が深いことはつとに知られるところであるが、本人によると、発掘しようとすれば探し当てられる多様な音楽の宝庫がブラジルであるそうだ。そのためか、大口さんから浮遊感やある種の屈折感といったブラジルもの特有のフレーバーを感ずることが出来る。その一方で、鳴りに鳴るスイング感を始めバラードの沈んだ味わいなど聴きどころ満載なのだが、分けても短めのフレーズにハッとするような瞬間が幾つも仕込まれているあたりは堪らない。よく知られた曲も多く採り上げられていたが、いずれも大口さん流の筆跡でサインしているものばかりだ。月並みに言えば両者は共演歴の長い重鎮である。年齢とは避けようもなく若さを削る月日のことである。それを代償に形成される質感をキャリアというのだが、くぐるものをくぐった演奏家を目の当たりにすると、これまでの両者は真摯な交遊録を綴りながら、こん日のステージを築き上げたことがよく分かる。後で聞くと、今回は決め事によらず自由にやろうというのが、決め事であったらしい。かつて“ヤバイ”という言葉は好ましくない状況で発せられていたが、今では肯定的タイミングで用いられている。ちゃっかり嵌めれば、このスリリングなライブはヤバイということになる。薬師丸ひろこ曰く、快感!だ。演奏曲は「ステラ・バイ・スター・ライト」、「エヴィデンス」、「(カーラおばさん風S・スワローの曲)」、「プレリュード24番(仮題)」、「マイルス・アヘッド」、「マイナー・コラージュ」、「ニュー・ムーン」、「イマージン」、「朝日の如くさわやかに」、「ハイ・フライ」、「スインギン・アット・ザ・ヘヴン」、「イスパファン」、「アグリー・ビューティー」、「ミスター・シムズ」、「タイム・リメンバードゥ」、「ザ・プロフェット」、「ルビー・マイ・ディア」、「クリス・クロス」、「ネイチャー・ボーイ」、「ニンニクのスープ」、「アイ・ラヴ・ユー・ポギー」。
高級数の子とは、しっかりしたツブとコシの強さが二大要素である。それを噛みしめた時の食感は何ものにも代え難い。今回ピアノとベースという二大要素によって、余すことなくその満足を得ることができた。因みに筆者は高級数の子を食べたことがない。
(M・Flanagan)

2020.9.11  GO TO LIVE

鈴木央紹(ts)宮川純(Org) 
 1年余り前に鈴木の「Favorites」リリース・ツアーの一環として、今日の二人と原大力を含めた収録メンバーによるトリオ・ライブがあった。この時に初めて宮川を聴くことができた。腕達者という以上にオルガンからアーシーな音を見事に引き出していたことが強く印象として残った。では、DUOならどうなるのか。上げ潮と円熟の頂上決戦、さぁ2時間がかりの実験を見届けよう。
わが国屈指のサックス奏者である鈴木は、これまで比較的オーソドックスな編成によるものが中心となって来たが、過去に若井優也(p)と圧巻のDUO演奏を行ったことがある。今回はオルガンに代わったが、期待にたがわずこの希少楽器との取り合わせから魅力溢れるサウンド満載の展開となっていった。例によって悠然と王道を闊歩する鈴木に、鍵盤をまばゆく走らせる宮川のフレーズは実に心地よく、それを援護するベース音が分厚いグルーブを演出する。加えて両者の音量バランスが抜群に良く、聴き応えをがぜん後押しする。類まれな力量を持つ両者は、技術至上主義とは一線を画しているのだが、スタジオの精度がそっくりライブ仕様に転じられていて、緩みなきパフォーマンスを演出していたと言えよう。何といってもライブには生の直接性というこの上ない味わいがあり、それが演奏家と客をつなぐ命綱となっている。そうではあるが、おみくじと同様、そこに“吉”ばかり仕込まれているわけではない。この演奏を聴いていると、そんな講釈はどうでもよい。2時間を経た実験結果は出色の大吉で決まりだ。個人的にDUOを好むものであるが、新たに記憶に刻まれるものが確かに付け加えられた。演奏曲は「エブリシング・アイ・ラブ」、「イエスタデイズ」、「ビウイッチド」、「ウイスパー・ノット」、「マイ・シャイニング・アワー」、「ユー・ノウ・アイ・ケア」など、アンコールの「カム・サンデイ」には、背筋がゾクゾクした。果たしてDUOの名演と呼ぶに相応しい一時を彼らは残していった。大力なくともパワー・レスにならなかったと言えば、原御大からクレームがつきそうだな。
 ところで、お上が誘導するGO TO キャンペーンは“値引き”で人を釣る仕掛けになっている。一方、本日のGO TO LIVEは、某家具の宣伝ではないが、“お値段以上”ニッタリ。翌二日目に行けなかったことが無念。
(M・Flanagan)

2020夏 LUNAの飛び石ライブ

2020.8.28 るなんぴる2020
LUNA(Vo)南山雅樹(P)菅原昇二(Tb)
 ライブを強行すべきかどうか随分思い悩んだ末の決断だったそうである。LUNAは今年2度目となるが、いずれも感染棒グラフ山頂付近での来道である。LUNAは、歌うジューク・ボックスの異名を持つが、今回もボサノバ、スタンダード、ニュー・ミュージック、フォークなど多彩な曲が並べられていた。個性のある曲それぞれを滑らかにLUNA流の統一感にまとめ上げていくのが、ジャズ・シンガーとしての彼女のステージ・パフォーマンスなのである。そしてこの日は、幾つかの曲において特別な思いが込められていたように思う。あからさまな批判が封じられている状況下で裏歌詞を以て風刺した「酔っ払いと綱渡り芸人」。‘60代の公民権運動の時代にP・シガーによって世に知れ渡ることになった「ウイ・シャル・オーバーカム」をイントロを入れずに歌い始めたのは、自己主張のようにも聞こえた。毎回聴く「諸行無常」では、いま蔓延している息苦しい諸行に対し無常を宣告するかのような熱唱となっていた。感動を突き抜けていくと、何故か切ない。
他の曲は、「サマー・タイム」、「オール・ザ・シングス・ユーアー」、「サニー・サイド・オブ・ライフ」、「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」、「ウイル・ビー・トゥギャザー・アゲイン」など。え~と、世間の標的にされているが、そもそも日没を境に全国津々浦々が“夜の街”だ。今日はノース・サイド物語の“夜の街”。バーンスタイン流に言うと、“何かが起こりそう(Something’s Coming)”ということになる。そしてその通りになった。Tonightは気分がいい。
2020.9.1 昭和歌謡 狙い撃ち
LUNA(Vo)、古舘賢治(G 、Vo)板橋夏美(Tb) 
JAZZのみの一本足打法では、時折、浮かせた方の足が退屈を訴えて来る。そんなときに転がり込んで来たのが昨年来の古舘&板橋の昭和歌謡であった。この路線は何度か予備走行を繰り返してきたが、いよいよ本格的にダイヤに組まれた格好だ。それに華を添えるようにこの日はあのLUNAをお迎えするという豪華版になったのである。この歌い手はJazzとRockを往来し、ついに歌謡界にウララ~ウララ~しながら狙いうちを仕掛けて来たというべきか。もともと“昭和歌謡”シーンで名をはせた人の中には、“JAZZ”歌いが結構いるので、この両者とって逢う時にはいつでも“他人の関係”ではない。昭和に生きた筆者は、今ここが地方の公民館であり、玉置ひろしの架空ナレーションも想定して臨んだ。一気に曲を紹介する。珠玉の古賀メロディー「影を慕いて」、細川たかし「北酒場」、ザ・ピーナッツ「恋のバカンス」、昭和の作詞・作曲を代表する六八コンビの「黄昏のビギン」、石川さゆり「天城越え」、ディランⅡ「プカプカ」、松崎しげる「愛のメモリー」、北原ミレイ「石狩挽歌」、五木ひろし&木の実ナナ「居酒屋」、河島英五「酒と泪と男と女」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」、マッチ「ギンギラギンにさりげなく」、女王美空ひばり「愛燦燦」。昭和を万遍なく網羅した曲を配してきた。小粋な曲はチョチョイのチョイ、ド演歌でみせた衝撃の絶唱はモノホンを認めざるを得ない。これからLUNAはどうなってしまうのだろう。LB専門家会議でも意見が分かれている。
余談。LUNAの祖母が愛知で音楽教師をしていた時、年少の伊藤ユミ・エミを指導していたそうだ。それが後のザ・ピーナッツである。叩けばホコリが、持ち上げれば貴重な話が出て来るものだ。終演後、達成感とともにこぼれ出た。『RockはJazzの10倍疲れる、昭和歌謡はJazzの10倍緊張する』。果敢に挑戦して10倍にへこたれないのがLUNAの得難いところである。
(M.Flanagan)

2020.6.26-27 PB2DAYS

6.26 松原衣里(vo.)With大石学(p)・米木康志(b)
 PBとは、PLEY・BOYと言いたいところだが、シンプルにPIANOとBASSのことである。 
松原は4度目になるが、前回は我が国が誇るこのPBをバックに共演した。その時の松原の様子は、得難いものが一夜に舞い降りて来た時のような万感の思に溢れていた。松原は、所謂本格派とよばれる一群に属するシンガーである。声量に恵まれた資質はそのまま彼女の個性に繋がっていて、巧みに彼女のオーソドックスなジャズの世界を体現している。それは選曲からも窺われる。「オールド・デヴィル・ムーン」、「マイ・リトル・ボート」、「ピース」(H・シルバー)、「サムタイム・アイム・ハッピー」、「ヒアズ・トゥ・ライフ」、「ジス・キャント・ビー・ラブ」「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。自称神戸のでっかい姉さんの中央に陣取った歌いっぷりは、見ばえの重量感を伴って堂々たるものである。その後ろでは、時に指を躍らせ時に控えめの主張を組み入れていく。どれもこれもワクワクする贅たくなステージの一丁上り!となった。歌伴あっての歌ものとよく言われるが、このPBによるサポートぶりは、歌伴の極意が満載されて飽きる暇がない。流石。

6.27 大石・米木DUO
 両者は長年に亘って共演を重ねて来た。その積み重ねの中にはLBでのものも数多く含まれている。関係者以外でそれを熟知しているのは、LBとともに歩み続ける宮崎焼酎のスタンダード“いも美”である。ここから少々解説を入ることにする。昨年来演した時に、“いも美“の曲を提供すると大石は言明した。そして誕生したのが「E more me」である。これは単に銘柄をもじったパロディー・タイトルではない。「Eの音をもっと私に」という狙いが仕込まれており、”ミ“の音がふんだんに散りばめられているのだ。筆者のごときにとっての”いも美“は、酔っ払い衆が囲む酒盛りのイメージに過ぎない。ところが、大石はそれとは真逆の格調高い装いに仕立て上げており、彼ならではセンスが織りなす綾である。笑いが漏れるほど圧巻のリップ・サービスは、この演奏をボサノバの巨匠J・ジルベルトとLBマスターに捧ぐと、大石から落差十分な感動コメントがあったことだ。これが実録”いも美”をめぐる冒険のアウトラインである。今回のライブは“いも美”づくしではない。タイトル未定または不明のものが多かったが、それをものともしないDUOの緊張感漲る演奏が終始展開された。知っている曲では、切れ味抜群にスイングする「アイ・キャント・ギブ・ユー・エニシング・バット・ラブ」、大石の美意識が滲む「LONESOME」。ピアノソロでの「ひまわり」にはM・マストロヤンニがシベリアの極寒に身を預ける張りつめた映像を思い浮かべた。そして時は流れ、行き行きてアンコール。大石楽曲の最高峰をなす「ピース」。終ってから「いつ聴いてもジーンと来ますね」と米木さんに一言を向けてみた。「あの演奏には大石の“祈り”が入ってるんだよ」。ベーシストはそう受け止めていた。深く根の張ったベース音は、感受性つまり米木さんのサイレンスの部分から伝達されているのだと思った。
 ここで新着情報をお届けする。この9月に米木さんのリーダー・アルバムが吹き込まれる計画が進んでいるらしい。何でも米木選集によるによるトリオ作品(米木、大石、則武)のようである。タイトルは決定していて『夢色のノスタルジア』。名盤の匂いがする。
(M・Flanagan)

2020.6.12-13 反転攻勢 鈴木央紹4

鈴木央紹(ts)本山禎朗(p)北垣響(b)伊藤宏樹(ds) 
この4月に15周年記念の有終の美を飾るはずであった鈴木央紹ライブが、新型Vに直撃されていた。以後、胸の内は“Come Rain Or Come Rain”で、陽が差すことのない日々をくぐらされていた。店にナマ音がないということは、人が酸欠状態になるようなものだが、ひとまず呆然自粛明けを迎えた。これは何かの巡りあわせだろう、辛抱つづきのLIVE情勢が息を吹き返すに誰よりも相応しい鈴木が登場することになったのだから。かつて鈴木について、込み入ったことを、事も無げにやり遂げる演奏家である旨を記述したように思う。それは彼の演奏にいつも付き纏う印象だ。今回も同様のことを感じながら聴いていて、ふと思ったことがある。かつて川上哲治という野球人がいた。この野球人は打撃の神様の異名をとった人で、現役時代に「向かってくるボールが止まって見えた」という有名なセリフを残している。筆者は流れゆく演奏に耳を傾けながら、鈴木は瞬間的に時間を止めているのではないかと感じる。その一瞬のうちに音の玉を連打し、元の時間に戻って行くのである。この特異な時間感覚と演奏力が調合され、彼の並外れた仕上げが可能となっているのだろう。久しぶりに聴衆がいて鈴木の尽きない魅力に浸っていると、安堵という言葉が浮かんだ。これは偽らざる心情である。初日はオンライン配信されていたが、全国でこうした相互支援の活動が展開されたことは、遠まきに眺めるしかない者にとっても、その尊さが伝わって来くる。2ステ前に本山がモニターに向かってCDの宣伝をしているとき、機転を利かせた鈴木が、ピアノで「Smoke gets in your eyes」を奏でるという、心が和む一時を提供されたのも嬉しい。演奏曲は「ノーバディーエルス・バット・ミー」、「ハルシネーション」、「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」、「ヴェリー・アーリー」、「ミスティー」、「ソシアル・コール」、「In The Wee Small Of Hours Morning」、「マイルス・アヘッド」、「セレニティー」、「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」、「コートにすみれを」、「ダフード」、「アイル・ビー・シーイング・ユー」など。どれもが素晴らしい演奏だった。
今年に入ってから“さんみつ”なる新語を毎日見聞きしている。これは耳ざわりも悪く残念ながら「はち蜜・すい蜜・あん蜜」のことではない。先ごろのLB-BLOGには国から国民へのお願いが「密接・密集・密閉の回避」、国民多数から国へのお願いが「密談・密謀・密約との絶縁」と記されていた。私たちは今日、鈴木央紹から『緻密・緊密・濃密』の演奏メッセージを確かに受け取った。“余人を以て代え難い”とは闇から闇へのⅡ-Ⅴに手を貸す者のことではなく、鈴木のような演奏家のことをいうのだ。いよいよ反転攻勢の始まりだ。
(M・Flanagan)

2020.3.27-28 竹村一哲アメイジング・バンド

井上銘(g)魚返明未(p)三嶋大輝(b)竹村一哲(ds)
 待望のバンドの登場である。とりわけこのメンバーの中で初のナマ聴きとなる井上の来場に並々ならぬ期待を寄せてきた。そのことは若井俊也を通じて聞いていると井上から知らされた。気分が盛り上がらないはずがない。ゆえに前がかりの筆者にとって渋く「ブルー・イン・グリーン」からスタートしたのは意外だったが、井上の溜めのあるフレーズは、この曲の根幹に潜む魔力のようなものを十分に引き出していた。1日目と2日目はほぼ同一の選曲だったが、2日目のこの曲は後ろがフリー化する中で、ギターだけが旋律の手綱を離さず難所を渡り切ったようなタフな演奏になっていた。というように同一曲に別の表情を付けているので、全く飽きることの無く2日間が過ぎて行った。従ってこれ以上曲に解説を加えることは、繰り返しになるので良策とは言えない。ここでこの日のメンバーを簡単に覗き見ることにしよう。井上は初めてのレイジーバードをドアの外から眺めて、“名演が生まれそうな店ですね”と言った。バレてしまうが、“銘演”によってそれは本当になって行くのである。ディストーションやピックで弦を擦るなどの技を駆使していたが、それは演奏を高次に引き上げる抜群の効果を体感させるものであった。高音部でこれをやられると大量のワサビが鼻から脳天に突き抜けるようなマヒ状態に陥ってしまった。技術もオリジナリティーも兼ね備えている彼は、逸材と言うにはそれを大きく飛び越えている。LBに名演を残して逝った津村和彦を想い出した。魚返は腕が立つことは重々承知していたが、どちらかと言えばリリカル派と思っていた。ところがどっこい、このライブではとんでもないグルーブを何度も発散させており、彼の異様な一面を思い知らされた。魚返の自作曲のタイトルは一風変わっていて“うっ?”と思わせるものがある。今日の魚返のパフォーマンスを彼流に言うと“熱く凍らせる”だ。三嶋が2年余り前に初登場した時は、可能性を感じたのでもっと出て来るなと思った。余り時は経過していないが、ここに来て一気に表舞台に駆け上って来た。演奏中、笑みを絶すことはなく、本人によれば、「やっていて楽しくてしょうがない」とこぼしたのも頷ける。一哲には色々な思いがある。十代から「一哲凄い」の評判をとってきた。反論の余地はなかったが、少々違和感を持ったこともあった。何故なら「凄い」で終わってはならないと感じていたからだ。最近の一哲は筆者が思っていたとおり“ビヨンド・凄い”になって来た感がある。出したパスは完璧につながり、打ったシュートは全部決まる。この二日間で彼が今やりたいことを実現しているのがこのバンドだと強く確信した。よくぞやってくれた!一哲、有難う!!冒頭以外の演奏曲は、「スパイラル・ダンス」、「A」、「ロロ」、「モズ」、「シャイニング・ブルー」、「バキヤオン」、「ロスト・ヴィジョンズ」など。書き留めておきたいことはもっとあるが、それは次回来た時に譲る。
かつてダイア・ストレイツ(Dire Straits)というRockバンドがあった。そのバンド名は“苦境”を意味する。いま多くの人々がそれに晒されている。不要不急を重要緊急に読み替えなければ、ライブに行けない窮屈さだ。こんなご時世にも拘わらず、大盛況のライブとなった。竹村一哲アメイジング・バンドが引き出した必然だ。Jazzを取り巻くダイア・ストレイツからの脱出を心から祈ろうではないか。
(M・Flanagan)

2020.3.25-26  LUNA+LOUD3 WITH SURRPRISE

LUNA(vo)碓井佑治(g)柳 真也(eb)竹村一哲(ds)
  第5回Rockの狂宴。連戦連勝の快挙を続ける祭典ではあるが、全国各地の大規模イベントが軒並み中止に追いやられている折、“レイジー・バードお前もか“の心配が走るも、無事挙行されるところとなった。それはそうとM・タイナーに“トライデント”という力作があるが、加療中の秋田不在のこの日は“トラ入れんと”の3人編成だとされていたのが、急きょ柳が参戦することになり、辛うじてLOUD3の看板は傾かずに済んだのである。こんな異例のづくめ状況で、JAZZクソクラエ興業の開始だ。
‘70年ころ一世を風靡したハード・ロック・トリオのGFR(グランド・ファンク・レイルロード)の「アメリカン・バンド」が最初の曲だ。沈滞ムードが漂っていた場内からどれだけ叫びを引き出せるかが、本節、LUNAの重大任務である。果実が熟しながら膨らんでいく時の圧力が一気に皮を引き裂くような爆唱・爆音。これで過去4回の実績が敷き詰めて来たレイルロードに乗っかったといっていい。そこに快速「ロックン・ロール」が追っかけて行く寸法だ。ライブでは3曲目当たりがバラードの指定席になっているが、クラプトンの「オールド・ラブ」を持ってきた。悲惨な歌詞らしい。人生色々なことがある。「グッド・タイムス・バッド・タイムス」。2nd.は景気づけの「ウイ・ウイル・ロック・ユー」で開始。その終わりにSuddenly,サプライズがやって来た。LOUD3オリジナル・メンバーの秋田が演奏に立つというのだ。LUNAがアナウンスすると涙交じりの大歓声が沸き起こったのだ。秋田が数カ月振りに抱くベースは「ホール・ロッタ・ラブ」を突き抜けて行った。そして「ステア・ウェイ・トゥ・ヘヴン」、「ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア」、秋田に対する毒づいたヘブン選曲が並び、「リデンプション・ソング」に繋いだ。リデンプション=償還だが、この日に限り“生還”という意味が適切だ。アンコールは再び柳が入り、「ホンキー・トンク・ウイメン」で閉めたのだった。なお、2日目は、初日の数曲に合わせ「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」、「ザ・ウェイト」、「リトル・ウィング」、このバンドが最高の緊張感と最大の興奮を提供する「プラウド・メアリー」、「諸行無常」を脅かす圧巻の「フォーエバー・ヤング」でフィニッシュ。
 この日15周年VOL.1は、Rockは決してRockdownされぬと宣言したのだった。では、秋田の順調なカニ・バックを願いつつ、横バイバイ。
 (M・Flanagan)

2020.2.28 ザ・グレーテスト・コードレス・トリオ

池田篤(as)米木康志(b)原大力(ds)
 待ちに待ったと言うべきである。事前の触れ込みどおり我が国コードレス・トリオの最高峰が登場するのだ。このメンバーは10年余り前に原大力名義の“You’ve Changed”(貴方は変わったのね)をリリースしており、そこからの曲を中心にこのライブは進行して行った。
1曲目は「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、恐るべき穏やかさである。処どころP・デスモンドのような音色が覗いていた。パーカーのCHARLIEを逆さ読み風にしたと言われている「Ah-Leu-Cha」、アップテンポの曲を湧き出すままに池田は仕上げてみせた。3曲目のJ・ロウルズ作「ザ・ピーコックス」は暗がりに誘い込むような曲想で孔雀を彩る華やかさはないが、こうした渋い演奏から三者のバラード達人ぶりが伝わって来る。1st.を締めたのは「フォア・イン・ワン」。T・モンク特有の突起物に躓きそうな曲を平然と捌いていたのは流石。2nd.は「ジャスト・イン・タイム」、軽妙な仕上がりが嬉しい。演奏時間が実時間より短く感じる。2曲目は、樽に寝かせてウン十年の「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」、このコクだ。当夜のハイライトを成したのは「チェイシン・ザ・トレーン」、池田の長めな独奏から一気にインタープレイに突入して行く瞬間はスリル満点。この曲名はV・バンガードでのライブ録音でコルトレーンが動き回りながら演奏するため、録音技師のR・V・ゲルダーが収音マイクを持ってTraneをChaseしたことに由来している。池田は動き回らないが、引き出しの奥にまだ引き出しがあるその音をChaseするのは快感至極。最後は「タイム・アフター・タイム」、これぞ大人の風格というべきやや抜いた感じの演奏に心がなごむ。アンコールはミデイアム・テンポの「コンファメーション」。池田のウラ攻めが何とも心地いい。因みに日本国の宣伝文句は「オモテ無し」。
冒頭で“You’ve Changed”(貴方は変わったのね)について触れた。聴き終えてこのトリオには過去に甘んずる姿勢が微塵もないことが見て取れる。「同じことやってたら進歩ないからさぁ~」と呟いていたのは何時ぞやの米木さんだ。そういうことなのだ。ここで原を語るために少し振りかぶった物言いをする。音楽家であるかどうかに関わらず、人には基礎的ビートが備わっており、誰もがその一本道でつながるからこそ音楽は広く受け入れられることになっている。バンマス原のメリハリに浸っていると、我々の少々バラバラな基礎的ビートは歓喜に包まれ総取りされてしまう。そして取られた方の気分を益々上々にしてしまう。原とはそういうドラマーである。
ところで、今回と同じ編成でL・コニッツに“モーション”という傑作がある。これとの比較級は置いといて、このトリオは熱が加わった“エモーション”としておこう。そこで行き着いた先が最上級の『ザ・グレーテスト・コードレス・トリオ』ということになる。
<追伸>翌29日は原大力+1のLIVE。“+1”扱いされたのはピアノの本山禎朗だ。本山は端正かつ力強い堂々たる演奏を貫き、彼が単発で喝采を浴びる段階を優に超えていることを窺わせていた。演奏曲を紹介しておこう。「イン・ラヴ・イン・ベイン」、「バウンシング・ウィズ・バド」、「サム・アザー・タイム」、「ホエン・ウイル・ザ・ブルース・リーヴ」、「バプリシティー」、「You’ve Changed」!!!、「クレイジーオロジー」、This is the beginning of a「ビューティフル・フレンドシップ」、「ホエン・サニー・ゲッツ・ブルー」。
(M・Flanagan)

2019年 レイジー・バード・ウォッチング

 LBライブとその周辺の記憶を客席から振り返ることにしよう。今年は冬期間に対するリスク・マネジメントが奏功し、スケジュールの混乱は回避できたように見受けられる。この寒い時期にfood-fighter碓井佑治が東京行きを決断したことは、スポーツ新聞の風俗欄よりは値打ちのあるローカル・ニュースだ。その碓井は3月に14周年ライブにおいて、大山淳をDsに配したAnother-Loud3でRock-LUNAとの共演を後に取敢えず旅立ったのだった。それから程なく、本州では“桜”のころに周年記念ライブの第2幕となって行くのだが、地元連を交えつつ米木、池田、荒武といった店主招待枠のミュージシャンが、きっちり演奏責任を果たして行った。初夏を告げるころには大石がやってくる。今年は米木週間の最終盤に組み込まれる形で、松原衣里(vo)との初共演を含め大石美学を余すことなく伝えていった。なお、大石はLB特選名酒“いも美”を素材に曲を作ると言明。それは後日、“E・More・Me”と題され、約束は成就されたのだった。来年はきっとそのお披露目があることだろう。7月になると鈴木央紹が登場。日々の編成替えを経て、新作“Favorits“のメンバーによるライブが挙行された。初登場のオルガン宮川純、鈴木、原大力のトリオである。若き宮川のグルーブには油断できない。今回、原は断続的に登場したのであるが、原および共演者の一部始終は書かれざる“原達日記”と言われているらしい。盛夏の候、8月に初めて壷坂健登を聴いた。原石が光を放ち始める場に立ち会ったような気になった。アイラーの「ゴースト」にはちょっとビックリした。9月には恒例となっているLUNAの本業ライブがあり、新しいものを出しつつ決めの定番が「諸行無常」というパラドキシカルな着地で芸術点を稼ぐ。わが国では100年に一度のという語り口が頻発し、もはや自然界の歯車が完全に狂い始めている。交通機関がマヒする中、LUNAはやっと乗った飛行機を降りてから数十キロを徒歩移動したと後に聞いた。この月には大野えりが来た。文句なしに今年のベスト・ライブに属すると確信する。特に、A・リンカーン作の「throw it away」には胸が締め付けられた。10月に入ると池田篤半年ぶりに再登場。乱気流で飛行機が相当スイングしたらしい。だが到着時の疲労モードから「Impressions」で快心のモード演奏に突入したのだった。それから10日後には、池田とともに辛島さんのバンドにいた小松伸之(ds)と楠井、ここに快進撃を続ける本山のTrio2Days、三日目はハヤテのように現れた鈴木央紹が入りトドメを刺した。そして寒さ対策の11月を迎えた。そんな初冬に‘70年代以降をけん引してきた峰さんが来られた。我が国JAZZの様々な効能が全身を包んでくれる峰の湯は流石の名湯だ。続いて実力と人柄で高位置をキープする松島が引き締まった演奏を披露して行ったと思ったら、次は梅津さんだ。世界中の音楽を2日間に凝縮して行ったのである。感性が限りなくアバンギャルドな人だ。それから1月と7月の2度来ていったマキシム・コンバリュー(p)も今年に花を添えた1人である。同じ欧州人のJ・キューンのような硬派ではないが、そのことが逆にヨーロッパの音楽風土の多様性を感じさせてくれた。いよいよ2019年も大詰めとなった師走、22日は荒武裕一朗、米木康志、竹村一哲のトリオ、翌23日は山田丈造が加わるカルテットが有終の美を飾った。マイルスはハンコックに「何を“弾けば”いいか聴こえてくるまで、耳を澄ませて何もするな」と言ったが、我らは“弾けば”を“聴けば”に置き換えて来年のライブを楽しみにしようではないか。ここらで2019のLB-Watchingを終えたい。では、不特定少数の皆さんよいお年を。
(M・Flanagan)

2019.11.22-23 梅津ワールドがやって来た ヤァ!ヤァ!ヤァ!

11.22 梅津和時withEKB+1
梅津和時(as)碓井佑二(g)池田伊陽(g)秋田祐二(b)大山淳(ds) 
 “KIKI bandの曲を中心に演奏する予定”というのが、当店ライブスケジュールの触れ込みであった。早速、1曲目に碓井のカッティングに乗ってKIKI bandの曲がピックアップされた。ではあるが、2曲目はB・マーリーの「I shot the sheriff」、3曲目はC・ミンガス「Good by pork by hat」、4曲目は我々の耳にとって本家よりJ・コッカーの熱唱で強烈な印象のある「With a little help from my friends」ということになって行った。この流れはEKB+1サイドに配慮したものか?それはどうでもよろしい。セカンドに入ると早川さん(b)の曲が2曲演奏された。「ジョ・パシフィック・ストレス」、「ジュマイナ」である。筆者がこれまで聴いてきたFork、Rock、Jazz他が詰まっているデータベースに検索かけると、難なくK・クリムゾンにヒットした。このライブはクリムゾン・サウンドのように目まぐるしい変化の中で進行していく仕掛けなのだ。中ほどに碓井のバラード「フード・ファイターズ」が採り上げられた。しっとりと懐かしい感じの旋律に24のマックス・ヴァリューはかつてフード・センターズという名前であったのを思い出した。いよいよ演たけなわに向かう。R・カークの名曲「レディース・ブルース」をたっぷり聴かせ込んで、最後は梅津さんの「発端は破局」という元も子もない恐ろしいタイトルの曲、日本を拠点にしている多国籍ミュージシャン梅津さんの力感あふれるブルージーな演奏でフィニッシュした。この日のツイン・ギター、碓井が弾きたい盛りの一方、それを一巡している池田は持ち味で臨んでいる様子があり、そこも楽しめるものであった。LBブログの導きにより余計なひと言。桜の下で退化している精神よ、音楽はプログレしているのだよ。
11.23 梅津和時with田中朋子G
梅津和時(as、cl、Vo)田中朋子(key)岡本広(g)秋田祐二(b)大山淳(ds) 
この日はカウントが入る前の一言二言をリハにするスリリングな仕儀。1曲目は田中の難曲「ジャックと豆の木」、1発OK。2曲目も田中の「VEGA」、何度も聴いているがClに持ち替えた梅津さんが曲の新たな一面を引き出す。3曲目は「西陽のあたる部屋」。梅津さんがアフリカを訪れていた時の話。R・ワークマンとの共演が叶いそうな流れの時、ワークマンが“そんなTeke 5みたいなのやらない”と暗雲。梅津さんから“獄中のN・マンデラが西陽の向こうの新世界に辿り着く渇望を5拍子の曲にした”旨を説明してGOサインが出たという実話が紹介された。人間のエネルギーの極限を問う演奏だ。4曲目は梅津さんの「ウエスタン・ピカル」。西部劇とクレズマを合体させて集落の祭りに仕立てたようなハチャメチャ感が冴えわたる。セカンド1曲目は、田中の「レクイエム」。この曲を聴くと心の遣り場を失う。ある人物のことが思い浮かぶからだ。梅津さんは演奏しながら素晴らしい曲だと思ったと告白した。2曲目は梅津さんの「東北」。仙台出身の梅津さんが3.11の風化に警鐘を鳴らす。穏やかだが力強い肉声で歌い上げる。2曲続けての“グサッ”を堪えるのは苦労する。3曲目は暗殺されたブラジルの環境保護活動家に捧げた「シーコ・メンデスの歌」。最終曲は「いつだっていい加減」、だが演奏はシリアスの極み。アンコールは「ぶどう園の住人」。“ぶどう園”とはかつて東京某所に存在した集合住宅。部屋に鍵を掛けない住人達、解放区ならではの大らかな悲喜を綴った曲だっタータタ、タタタッター。
世界中の音楽とともに進化する梅津さんを語るのは難しい。だからこの二日間に限定した話に纏めるのが賢明だと判断した、と言い訳しておく。初日と二日目はガラリと違う雰囲気であったが、この人はなんと生命力を感じさせる音を出すのだろうという印象を以て結びたい。なお標題は、今回の梅津ワールドの選曲とメロに〇ートルズがやって来たのでヤァ!ヤァ!ヤァ!
(M・Flanagan)